リーダーに求められること
それは判断よりも「決断」

松江英夫(まつえ・ひでお)/
デロイト トーマツ コンサルティング パートナー Strategy&Operationsリーダー。中央大学ビジネススクール大学院戦略研究科客員教授(「実践・変革マネジメント論」)、事業構想大学院大学客員教授。「経営変革」に関わる戦略・組織領域のテーマ(成長戦略、M&A、イノベーション、グローバル組織再編)などを多数展開。主な著書に本連載を基にした『自己変革の経営戦略 - 成長を持続させる3つの連鎖』ほか、『ポストM&A成功戦略』、共著に『クロスボーダーM&A成功戦略』(いずれもダイヤモンド社)など。

松江 日本代表を率いた岡田さんにリーダーに必要なことを伺ってみたいです。

岡田 リーダーにとっての一番の仕事は、決断することです。社長と副社長の差は、副社長とヒラの差よりも大きいって言われますが、何が違うかって、「決断する」ことなんだと思います。決断というからには、答えがわからないことを決めなくてはいけない。答えがわかっていたら「判断」ですから。

 たとえば、この選手とこの選手、どっちを使ったらいいか。こっちを使ったら勝率30%、こっちだったら40%と出ればいいですけど、それは出ませんからね。コーチを集めてどう思うと聞いて、多数決で3対2だったからこっちとはいかないんです。たったひとりで全責任を負って決めなくてはいけない。これがワールドカップの出場権や優勝がかかっているとなったら、決断するのはとても怖いですよ。ところが決めないことには始まらないわけです。

 若いうちは、相手のディフェンスは背が高いから、よし、背が高いほうを合わせていこうとか、そういう論理的なほうをとるんです。ところが、経験を積んでくると、こっちだなという勘をとる勇気が出てくるんです。どっちかというと、勘が当たるんです。ただ、当たる勘と当たらない勘があって、勘が全部当たるわけではありませんけどね。

松江 決断する上で、勘を磨くにはどうすればよいのですか。

岡田 当たる勘は、要はどっちをとるかよりも、どういう状態で決めるかが大事です。こんなことしたらこの選手はまたふてくされるかな、こんなことしたらマスコミに叩かれるかな、そういう気持ちで決めたらほとんど当たらない。ところが、無心とか、神に託すような状態で「チームが勝つためにどうするのか」と考えて、ふと浮かんできた勘は、まったくといっていいほど外れない。

 私は試合前にロッカールームで座禅を組むんですけど、座禅を組んでも普通は雑念が浮かんできて、なかなか無心にはなれません。ところが、ある経験をしているとなりやすくなるんです。それを「どん底」と私は呼んでいます。経営者でも、戦争とか倒産とか闘病を経験している人は腹が据わっている。パッと前に座るときに、「うっ、この人は並大抵のところをくぐってないな」と感じます。この「腹の据わり」はものすごく大事です。

松江 「どん底」を味わったことがあるか。まさに胆力につながる話だと思います。

岡田 私はありがたいことに98年の最初のワールドカップのときに40歳で代表の監督になった。それが初めての監督経験でした。いきなり代表監督で、ものすごいプレッシャーで、国立競技場でサポーターに椅子を投げられたり、警察の車で裏から逃げさせられたり、いろんな経験をしました。そんななかで、最後の決戦のジョホール・バルに行って、家内に「もし明日勝てなかったら、俺は日本に帰れないと思う。家族でほとぼりが冷めるまで海外に住むことになると思う。覚悟しておいてくれ」と電話しました。冗談みたいですけど、そのときは本気で言っていました。

 ところがそういう話をしてから何時間かして、また考えて、ちょっと待てよと。日本のサッカーの将来が俺にかかっているっていうけど、そんなもん俺ひとりで背負えるかい。俺はいま持っている力をすべて出す。ある意味命がけでやる。明日、自分のすべてをかけてやる。でもそれでだめなら、しょうがないじゃん。俺は力がないんだから。謝るしかないな。でも、これは俺のせいと違うな。俺を選んだ会長のせいだ。だって、会長が「岡田なら絶対ワールドカップ行ける」ってわざわざ俺にしたわけです。その岡田が持っている力をすべて出したんですよ。完全に開き直った。それで本当に怖いものはなくなったんです。

松江 追い込まれている中で、そのときは、そこまで考えられていたのですね。

岡田 そう。だから翌日に、朝散歩していると番記者がついてきて、「監督、今日の試合は?」って聞かれたときは、「今日は俺、もうめちゃくちゃ頑張るよ。もうすべて出すよ。それでだめだったらごめん。俺に力が足らん。でも選んだあいつを叩けよ」とか言って(笑)。全然怖いものがなくなった。要は、そういう経験をすると腹が据わります。

 どん底の経験をしていると、そういう決断をすることが、直感でできるようになります。それとともに、さっき言った、覚悟をしなければできません。代表選手を選ぶときも、私だってみんなに好かれたいし、いい人だって言われたいですから全員選んでやりたい。でも代表監督として23人しか連れていけないんです。チームが勝つためにどうしたらいいっていう決断をして、選ばれなかった人は頭に来るでしょうけど、私心のない決断をしたら、いつかは気づいてくれると信じているんです。それを信じていないと、できないですよ。

松江 監督とかリーダーが孤独な仕事だというのがよくわかる話です。

岡田 そして最後に、一番大事なのは、志高き山に、必死になって登る姿を見せることです。坂本龍馬は、「この国を変えたい」という本当に強い思いで、命を懸けて山を登っていたら、みんながついてきた。いいリーダーになろうなんて思ってないです。「自分がこうなりたい」という山はだめです。自分を振り返ると、私はずっとなんでこんなに割の合わない仕事をしているんだろうと思うこともあるわけですが、思いつくのは、自分のスタッフ、選手、そしてその家族を笑顔にしたい、こいつらを喜ばせてやりたい、ということで、そのために必死になっていました。

 でも私は日本中のサポーターを笑顔にしてやりたいという高い山には登れなかった。私が本当にそれぐらいの大きな山に登っていたら、もっと変わっていたかもしれないと思っています。

松江 岡田さんが献身された日本サッカー界ですが、これから世代を超えて日本が強くなっていくためには、長い時間軸に立って、時々のリーダーの努力が繋がっていくことが大事だと思います。

岡田 日本のスポーツ界は、監督とか前任者否定から始まるのが多い気がします。チームを本当に強くするには、地道に煉瓦を積み上げていく作業なわけです。ただ上にばかり積んでいったら、絶対に倒れます。どこかで横に積んでやる人がいなくてはいけないわけです。横に積んだ人は評価されないかもしれませんが、その人が横に積んでくれなかったら上に積めないんです。私はたまたま、いろんな人が横に積んでくれていたから、その上にポッと最後の一個の煉瓦乗せることができた。それは子どもの指導者だったり、いろんな人が積んでいる。どうしてこの積み重ねを大事にしないんだろうと、すごく感じています。全部を継承しろとは言いませんが。いいところだけでも継承していけばいい。そうでないともったいないと思います。