積丹岬から日本海を望む

 しかし、今度はすこし曇っていたため、海の色はそんなにきれいなものではなかった。もうひとつの原因は、海に寄り添うかのように伸びて行く道路を走るのではなく、多くのトンネルを抜けながら積丹岬へ進んでいたことだ。そのせいか、前回のような感動が湧いてこず、ついに車内で居眠りをしてしまった。

 積丹岬は断崖が迫る海岸段丘、海中公園の島武意海岸の岩礁が眼下に美しい、と言われる積丹岬に、いったんたどり着いてみると、それもそれほど感動が湧いてこなかった。27年前と比べて、日本の47都道府県を制覇した今は、目が肥えていることに気付いた。

 余市であれほど探しても見つからなかった和食または海鮮を食べられる店には、積丹岬に行く途中、何度も出会った。事前に情報収集が足りなかったことを痛感した。

美国漁港で中国人客を見つけ
しばし感慨にふける

 ただ、帰りに偶然に立ち寄った美国漁港には、興味津々の発見があった。立ち寄った理由はいたって簡単なものだった。漢字通りに解釈すれば、「アメリカ・ポート」つまりアメリカの漁港になるのだ。その漢字が醸し出したトリックに遊び心が刺激され、車を止めて漁港を覗いた。

 漁港に通じる道の横に、「密漁」、「水難事故」と並んで、「密貿易」と「密入国」もストップするという警察署が作った広報看板を目にしたとき、『蛇頭』の著者としての私は「密入国」という表現に懐かしさと隔世の感を覚えた。

ちょうどそのとき、海を回っていた水中観覧船が戻ってきた。20名くらいの乗客が降りた。私たちの横を通って駐車場に向かった彼らのなかに、中国語で楽しそうに話し合いながら歩いていた親子連れの3人組がいた。こんな辺鄙な漁港まで中国人観光客が来ているのか、と思わず感心した。

 考え込んでいた私に、妻が一喝した。「北海道活性化するため、中国とどう付き合うのか、というパネルディスカッションは昨日にすでに終わった。いま、私たちは個人旅行中だわ」と。

 これでアメリカの港ではない「美国漁港」を後にして、小樽、さらに札幌への帰途に発った。寂れていく日本の地方をどう活性化させるのか、この大きなテーマはやはり心に残った。