父親は電話のたびに「お金は足りているか?」と聞いてくれるが、彼女は両親に心配かけたくないと話していた(そんな彼女でも、他の若者と同じくスマホだけは持っていた。寮に近い携帯電話ショップで、一番安い900元(約1万8000円)のスマホを買ったという)。

 彼女によると、6歳のときから自分の衣服の洗濯(手洗い)をやり、7歳のときから祖母を手伝って料理もしていた。農村では当たり前のことだという。この学校の教師の家で家庭料理をご馳走になる機会があったのだが、そのときも彼女が手際よく料理している姿を見て、祖母が彼女をどのように育てたかが目に浮かぶようだった。

お金がないのに精一杯客人をもてなす
今の中国にもこんな純朴な子がいるのか……。

 ある日、一緒に夕食を食べて寮に帰る途中、洋服を売る露店の前を通りかかった。彼女がそこで立ち止まったので、2人で吊るしてあるTシャツやブラウスを見て歩いた。どれでも2枚で50元(1000円)。筆者は思いついて、「今回のお礼に好きな洋服を買ってあげる。どれでも遠慮なく選んで。さあ」と言ったのだが、それを聞いた彼女はさっと表情を変えて「いいです。本当にいいです。たくさん持っていますから……」と言って手を振り、急いで立ち去ろうとした。

 食事のとき、朝ご飯(屋台で売っている蒸まんじゅうや餃子)は1元か2元なので、いつも彼女が買ってくれた。筆者がどんなに「私が買うから」と言っても「ここは中国。先生は日本からきたお客さんなんですから」と言って、どうしても譲らなかった(その代わり、15元、20元と値段がはる昼食や夕食のときには、自分には払えないとわかっていたのだろう。お財布を出さなかった。もちろん筆者が払うのでよいのだが、いつも申し訳なさそうにしていた)。彼女はそういう子だった。

 彼女との会話は筆者にとってとても新鮮で、北京や上海の取材で出会う若者とは大きく異なっていた。今どきこんなに純朴な子がいるのかと感心させられることが多かったのだが、その中でも特に印象深い出来事がある。1日だけ遠出して毛沢東の生家に旅行したときのことだ。

 学校の職員が車を出してくれることになった。旅行といっても自動車で1時間の距離だったが、黄さんは前夜から「中島老師、私、うれしくて眠れないです」とウキウキしていた。しかし、乗り込んで20分くらいすると、黄さんは急に具合が悪くなってしまった。乗りもの酔いだ。聞けば、20歳になるまで自動車に乗ったことはほとんどなく、乗り物といえば、長距離バスしか経験がないという。

 専門学校からバスで20分乗った先にある大型のショッピングセンター(学校の他の生徒たちはそこに行って、カラオケをしたり食事をしたりすると話していたが)にも行ったことがないということだった。「うちは少しずつ裕福になっているんです」と彼女は言ったが、節約してつつましく暮らしていた。