ヒステリックに考えると、事の“本質”を見失ってしまうというよい見本である。

 3月22日、米インターネット検索最大手のグーグルは、中国本土で展開していたネット検索サービス「グーグル中国」を停止し、「グーグル香港」経由で検索サービスを提供する手法に切り替えた。同日、自社ブログでグーグルの法務担当上級副社長であるデビッド・ドラモンド氏が表明したところによると、中国本土での「グーグル中国」は維持されるし、北京や上海の拠点で行っている検索以外の研究開発活動もそのまま続行されるという。

 グーグルは、2006年に中国本土に進出して以来、中国政府の意向に沿う格好で、「天安門事件」や「チベット問題」などの微妙な政治案件は検索しても結果が出てこないように自主規制や自主検閲を行ってきた。

 この選択は、グーグルがかねて「邪悪になるな」(Don’t be evil)と標榜してきたにもかかわらず、急激な経済成長を続ける中国でのビジネス展開に目がくらみ、民主主義とは逆行するダブルスタンダード(二重基準)の取引をしたとして批判されてきた。

 だが、一方で、ある日本法人の幹部は、こう打ち明ける。「当時、本社内で反対意見もあったとは聞く。だが、グーグルの基本的なスタンスは、情報は少しでもあったほうがよい。まるでないよりは、断然よいという考え方。だから、中国へ出て行った」。

 確かに、グーグルの行動原理は「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」であり、最終的にそれを実現するための第一歩だと考えれば、じつは矛盾しないのである。

 今回の中国でのサービス停止は、今年1月にグーグルを含む約20社の米国企業が中国の教育機関からサイバー攻撃を受けたことに端を発する。中国政府は関与を否定したが、グーグルは政府に対応を要求。さらに、進出当初から懸念されていた検閲についても、撤回を求めた。不利な条件を逆転できるチャンスでもあったわけだ。

 結局、今回は交渉がまとまらなかったので、グーグルは一時的に香港へ迂回することを決めた。ドラモンド副社長は、中国政府の頑なな姿勢を批判したうえで、今回の迂回策について、よもや対抗措置を取ったり強制遮断に至ったりしないようにと釘を刺しておくことを忘れなかった。

 中国の民主化は少しずつ進む。世界から中国が悪者に見られれば、譲歩を引き出せる。そこには米国流のしたたかなやり方が、見え隠れしている。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)

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