成功したユーチューバーはますます成功する?
――正規分布が通用しない世界
人間の社会・経済には大きく偏った分布があちらこちらに見られるという考えは、それ自体とても興味深い。しかし、政策立案者にとってはそういう分布がもたらす結果もとても重要だ。興味を持っているシステムにそんな分布を見つけたら、そのシステムを構成するエージェントの行動には、ほぼ間違いなくネットワーク効果が働いていると思っていい。
エージェントはインセンティブに反応するにとどまらない。彼らは他人の行動に反応して自分の行動を変える。他のエージェントの意見や選択、行動を真似し、模倣するのだ。インセンティブも依然として重要だが、ネットワーク効果はその影響を上回る。
正規分布に従わない結果は、ネットワーク効果が働いたことを示す代表的な痕跡だ。政策立案者にとって、これは明らかにとても便利な知識だ。ネットワーク効果が存在するかどうか調べるのに、膨大な時間と資源はいらない。単純に、結果の分布を見ればいいだけだ。というか、アドバイザーの誰かに見させればいいだけだ! これは強力な経験則であり、ネットワーク効果をこれで特定できる。
残念ながら、ほとんどの政策立案者は社会科学、とくに経済学を学んでいて、正規分布を仮定するように教え込まれている。
もちろん、何事かを指摘するのとそれを説明するのは別物だ。説明のためにはサイモンの歪んだ分布の論文を詳しく見てみないといけない。しかし、そんな試練に備えて気合いを入れる前に、これまでに出てきたたくさんの例を思い返して、この世で大事なのはインセンティブだけで、ネットワーク効果なんて存在しないなら、なんでああいうことが起きるのか、考えてみるといい。
ユーチューブに登場した、変わったイギリス人たちのことを思い出そう。1人はスコットランドの山の頂上で、もう1人は一時的に閉鎖された高速道路で、アイロンをかけていた。1人はもう1人の4000倍も人気があった。彼らの動画を見た人たちに、そこまで劇的に偏った好みがあったとはとても思えない。
サイトや動画や写真が、インターネット上でひとたび人気になりはじめると、すでに人気があるというだけで、いっそう人気が出てくる。サイトが頭1個ぬきんでるだけのアクセスを受け、インターネット・ユーザーの頭に残るようになる。そしてそれから、サイトへのアクセスはいっそう増える。
人びとが存在に気づいたからだ。特定の言葉を検索するときでさえ、存在する他のたくさんのサイトではなく、そのサイトを人びとが意識するようになる。
この本を読んでくれる皆さんはほとんど全員、ここで描いたような行動に覚えがあるだろう。あなたも朝、仕事に行く前に新聞を読んだりお気に入りのサイトの1つを見たりするだろう。「トレンディング・ナウ」(頻繁に検索されているキーワードをランキング形式で表示)のカテゴリーに入っているアイテムの1つがあなたの興味をひく。サイトにアクセスしたときにはその話題にはまったく興味を持ってはいなかったし、そんなものごとが存在することすら知らなかったかもしれない。でもあなたはクリックするかもしれない。絶対にクリックすると言っているわけではない。でもあなたは「トレンディング・ナウ」だから、今人気だからというだけの理由で、クリックするかもしれないのだ。
そんなふうに注意を持っていかれたときに、自分がネットワークに影響されていることは、すぐにはわからないかもしれない。でも、その「トレンディング・ナウ」なアイテムをクリックしたとき、あなたの行動を左右しているのは、実はネットワークだ。
それは、あなたより前にそのアイテムをクリックした人たち全員からなるネットワークだ。ほとんどの場合、クリックした個人それぞれは、自分より後に同じアイテムをクリックした人のことをまったく知らないし、知ることもないだろう。でも、彼なり彼女なりはネットワークの一部なのだ。あなたに影響を与え、彼らと同じアイテムを見させたネットワークである。あなたの行動は他人の判断に直接に左右されたのだ。ここの例では、その人たちはあなたの知らない人たちだ。彼ら、そして今やあなたと、その後数時間にあなたの行動に影響されてクリックするかもしれない人たちは、ネットワーク上で一時的につながりあう。同じアイテムをクリックした人たちのネットワークなのだ。
次回は、「何が売れるかを事前に予測することは可能か?」というトピックを手がかりに、「合理的経済人」に変わる新しい考え方を提案します(9月11日公開予定)。