「そうよ。それに、もっと言えば、別に家賃が高いことも悪いわけではないのよ。いい立地に店を出して繁盛させている店なんてたくさんあるでしょう？」
「確かに……」
「高い家賃、高い原価率でも儲けることができる仕組みがあれば全然問題ないのよ。だけど、このお店はそれができていない。見ればわかるわ」
「どういうことですか？」
「この立地の家賃と、このメニューの原価率で利益を上げようと思ったら『回転率』を上げることが重要でしょ？」
「回転率……？」
「お客さんが店に入って出て行くまでを1回転と考えるの。店内の席数が50だとしてその夜のお客さんが全部で50人なら1回転、ランチで100人来たら2回転、という数え方よ」
女性はチラッと奥の常連客を見た。
「常連さんってコーヒー一杯で長居するのよねえ。席をなかなかどいてくれないから、お客さんが入れなくて回転率が下がる。ランチ時はせめて2回転させたいけど、食後のコーヒーで1時間居座られたら、満席になっても1回転が限度よね。
夜だって、たった一人の客だけのために午前2時まで店を開けてたら、それだけで光熱費だって馬鹿にならない。常連っていっても、今のお店にとってはあまり良いお客さんとはいえないわね」
「は、はあ……」
ちょ、ちょっと！
あきらかに、奥に座っている常連さんに聞こえてるよ！
「それをカバーしようとして、朝早くから深夜までがんばって営業してるんでしょうけど……。このままじゃ、高家賃、高原価率、低回転率、の『三重苦』ね」
三重苦。
洋介の胸にグサッとその言葉が突き刺さった。
しばらく立ち直れそうにない……と肩を落とす洋介に対して、女性は、明るい口調で話を続ける。
回転率を上げて、利益を上げる
「たとえばね。数年前から急成長している『俺のフレンチ』って知ってる？」
「ええ……名前だけは……」
「流行ってる店はちゃんとチェックしたほうがいいわよ、勉強になるから」
そりゃ行きたいのはやまやまだけど、フランス料理を優雅に食べに行ってる暇はないんだよな……。
「『俺のフレンチ』の原価率は、だいたい60～80パーセントもあるの。そして88パーセントでも赤字にならない」
「えっ、さっき原価率は30パーセントが普通って言ってましたよね。それって、めちゃめちゃ高いじゃないですか！」
洋介は思わず身を乗り出す。
「『俺のフレンチ』はね、一流シェフに高い食材で美味しいものをつくらせているのがウリなのよ。だから原価率はとても高い。そして、銀座や青山など家賃の高いところにばかり出店しているわ」
「それじゃ、利益はそんなに出ないってことですよね」
