<物語>
全国に1000店舗を超える外食チェーン「K’s・キッチン」を展開する経営者(中川昌一郎)の娘・あすみは、幼い頃から「将来は父の跡を継ぎたい」との思いを抱いていた。そんなあすみが大学1年生になったとき、昌一郎から「大学4年間をかけて入社試験を行う」と告げられる。試験内容は、昌一郎のもとに寄せられた業績不振の飲食店からの経営上の悩みを、問題を抱えたお店で実際に働きながら解決する、というもの。やがて、あすみと意気投合した親友のはるか(昌一郎とは友達感覚の間柄)も一緒になって、業績不振店の改善に取り組み始める。小さな箱の中に「製造、流通、販売、PR、マーケティング、マネジメント、サービス」などのビジネス要素が詰まった飲食店の中で、人間関係の複雑さや仕事の難しさにぶつかりながら、2人はそれぞれのお店の再生に立ち向かう。

1度目しだいで2度目が変わる

 それぞれの店舗が数字を弾いている間、はるかは昌一郎の元に行って小声で話し始めた。

「昌ちゃん、こんな感じでいいの? 私、結構一杯いっぱいなんだけど……」
「ははは、ちょっと目がテンパってるもんな。でも、いいと思うよ。ま、もう少しフランクな感じでもいいと思うけど。
 あんまり難しい顔してるとみんなに緊張伝染(うつ)って話さなくなるからな。ま、思ったとおりにやればいいよ。失敗しても、はるかの勉強だ。
 ちなみに一緒にやるのは今日だけだからな」
「うん、わかってる。でも大丈夫かな……」

「なんだ? はるからしくないな」
「だってホント初めてじゃん。そりゃ心配だよ」
「誰にだって初めてはある。初めてを経験しないと2度目はないだろ。1度目がどうかで2度目のあり方が変わる。もしかしたら1度目次第で2度目はないかもしれない。はるかにしか経験できない“初めて”を経験しなさい。楽しんでやればいいよ。はるかならできるから」

「昌ちゃん、私、何だかうるうるしてきちゃった。頑張るね!」
「うん、その意気だ。ファイティン! ってやつだ」
「意味不明に若い言葉使わないでよ。一気に冷めた」
「おいおい、はるか~冷たくするなよ~」

「あの、できましたけど……こんな感じでいいんですかね?」
 2人のやり取りを割くのが申し訳なさそうに、今枝が話しかけてきた。

「あ、すみません。はい、えっと……いいんじゃないでしょうか。これをベースにしましょう。では、月ごとに見ていきましょうか。
 現状の20%アップということは、ほぼ昨年並みということですよね。では昨年の数字を見ながら進めましょう。荻窪店は新しくて昨年実績がないので当初の計画数値で。まずは小金井店からやりましょうか? ご意見は?」

「全体的に低いなぁ。たしかに今の20%アップかもしれないけど、もともともっと売ってたわけだからな。あと全店、利益水準が低いよ。普通にもっと出せるし、今の数字で言うのはやめよう」
 宇佐美が開口一番こう言い放った。
「なるほど、今の社長の意見に対してどうですか?」

「う~ん、たしかにそうっすよねぇ……でもいけるかなぁ……」
「そんなこと言ってたら全然届かないだろ。やるんだろ?」
 木全がボソッとした声でこう答えた。
「間違いないっすね……」
 大沢も頭を掻きながら答えた。

 そんなやり取りが30分ほど続き、ようやく数字がまとまった。
「では、この数字が当面我々が追いかける数字ということでいいですね」
「はい、OKです」
 全員「納得」と言った表情だった。それを見てはるかは少し安堵した。

「では次に、それぞれの店舗の現状を出しましょう。先月の数字でいいと思います。それをまたホワイトボードに書き出してもらえますか?」
 それぞれの店長がそそくさと数字を書き出した。

「はい、ありがとうございます。どの店舗も、売上と利益のそれぞれに、現状とあるべき姿とのギャップがありますね。では、これを埋めていくアクションプランを立ててください。
 売り上げを上げるということはオフェンスすなわち攻撃ですよね。販売促進やおすすめによる客単価アップ、教育によるCSアップなどでしょうか。反対に利益のギャップを埋める方法はディフェンスすなわち防御、というか削減に近い。大きなところでは、食材原価と人件費でしょうね。食材原価については理論上決まっていますから、いかにロスを削減するか、人件費についてはいかに無駄を減らすかというところでしょうか?
 その方向性で店舗ごとに『具体的に・詳細に』考えてもらえますか? これは時間がかかると思うので、30分くらいでお願いします」