<物語>
全国に1000店舗を超える外食チェーン「K’s・キッチン」を展開する経営者(中川昌一郎)の娘・あすみは、幼い頃から「将来は父の跡を継ぎたい」との思いを抱いていた。そんなあすみが大学1年生になったとき、昌一郎から「大学4年間をかけて入社試験を行う」と告げられる。試験内容は、昌一郎のもとに寄せられた業績不振の飲食店からの経営上の悩みを、問題を抱えたお店で実際に働きながら解決する、というもの。やがて、あすみと意気投合した親友のはるか(昌一郎とは友達感覚の間柄)も一緒になって、業績不振店の改善に取り組み始める。小さな箱の中に「製造、流通、販売、PR、マーケティング、マネジメント、サービス」などのビジネス要素が詰まった飲食店の中で、人間関係の複雑さや仕事の難しさにぶつかりながら、2人はそれぞれのお店の再生に立ち向かう。

何かよくわからないけどズレてる

 3人は会議後、荻窪店にいた。
 今日の振り返りと昌一郎に試食してもらうために。

「で、どうですか? 中川社長、いろいろお召し上がりいただいて……」
「うん、そうだな。たしかにはるかの感想と同じものを感じるな。全てが普通でインパクトがないという印象に違いはない。でも何かしらのズレを感じる。何か悪いズレではなく、何というか上手く言えないんだけど……」
「でしょ、でしょ、昌ちゃん。私もそう思うの。何かよくわからないんだけど」

「もしかしたらそれが一番のヒントかもしれない。そこに早く気が付けば意外とスピーディに業績が復活する気がする。
 ま、はるか、しっかり考えてみなさい。宇佐美君も。もしかしたら君にはわかっていて我々、いや、お客さんに伝わっていないものがあるのかもしれない。
 そんなズレというか違和感があるような気がしてならないんだ」
「ありがとうございます。ちょっと自分なりにも考えてみます」
「うん、そうしてみなさい」

 こうして、昌一郎とはるかは店を後にした。はるかにとっても、『味樹園』のスタッフにとっても長く、充実した、そして「初めての日」が終わった。
 その夜、はるかはこれからのトライに対するワクワク感が大きくなりすぎて、なかなか寝付けなかった。あらゆる妄想が頭の中を駆け巡った。
そのどれもが成功するイメージのもとに集まっていたのは言うまでもない。

 2ヵ月が経ったセッション日。
 業績は明らかに上を向き始めていた。12月の忘年会シーズンもそれなりに集客ができ、各店とも勢いを取り戻しつつあった。
 そんな状況も後押ししてスタッフのモチベーションも高く、セッションの内容も充実してきていた。教育に対するギャップも明確になり、それぞれが役割分担をして様々な教育ツールを作り始めていた。
 そんな順調な中で、セッションが始まった。

「お疲れ様です。今日は先日お話ししていたメニュー変更についてです。売れ筋の分析って出来ました?」
 はるかは宇佐美に尋ねた。
「出来てるよ。例の選択食数ベースでしょ。各店こんな感じだけど」
「やっぱりですね。普通にカルビと塩タンがダントツですか。まぁ焼肉店ですもんね……」
 はるかは半ば当然と言ったような口調で話した。

「なので、前回も話したようにメニューとしてはうちだけの売りを出すということで、〈ロースわさび〉や〈握り寿司〉、少し量を減らして値段を下げた手作りデザートなど独創的な商品をウリにして変更したからね。どうかな?
 それとメニュー数も絞り込んだ。売れてないメニューは排除して、オペレーション効率を高める方向性で。みんなも見てよ」
「いいですね。なかなか」
「うん、今までより明確になってますね」
「うん、間違いなく仕込みも営業中も軽いですね」

「皆さん、問題なさそうなら、これで行きませんか? これを基に店内のPOPや外のテント看板も全て変えましょうよ。フリーペーパーなどの打ち出し方も」
 はるかがようやくといった笑顔で力強く言った。
「うん、いいね。年も明けたことだし、このままとりあえず走ろうよ」

 こうして更に2ヵ月ほど経ち、売上・利益ともにどんどん伸びていった。