特殊な顧客管理システム

「どうですか業績は? 先月はどんな感じでした?」
「絶好調!」

 セッションが始まって4ヵ月、宇佐美の口からはセッションのたびにそのような口ぶりが聞こえた。
 ここに至るには現場の頑張りはもとより、商品力の維持向上、サービスレベルの集中強化といった日々の取り組みが一番の要因だった。もちろん毎月、ギャップを埋めるという考え方を実践してきた結果でもあった。

 その中で一つ、大きな要因として会員に対する販促の強化という取り組みがあった。というのも、『味樹園』には以前から特殊な顧客管理システムがあった。
 お客様が200円払って会員になると、来店するたびに5%OFF、誕生日月には好きなお肉をプレゼントするという特典が受けられるシステムだ。

 はるかはここに目をつけた。通常のチラシなどの反応率が5%以下なのに対し、会員に送ったDMは、内容にもよるが20~50%近い反応があることがわかったからだ。フリーペーパーなどのバラ撒き販促に比べて圧倒的に費用対効果が高い。
 まずは不特定多数に対する広告で集客を促し、その中で『味樹園』を気に入ってくれたファーストモチベーションのお客様をターゲットに、特定少数のお客様との結びつきを深める。
 つまり、一見客の中でも「また来たい」というお客様に会員となってもらうことで固定客化し、その固定客に何かしらの特典を打ち出して、来店していただくたびに常連化してもらうという作戦だ。
 これは非常に手間がかかるが、はるかは敢えてそこに踏み切った。

 結果、この作戦も功を奏し、宇佐美の口から「絶好調!」と言わせるまでの復活ぶりを見せるに至ったのだ。

 会議が終わったあと、はるかと宇佐美はいつものように話をしていた。
「はるかちゃん、今夜はどうするの? どっか行きたいところない?」

 ここのところ、はるかと宇佐美は会議後、必ず一緒に食事をしている。ある時は木全も加わり、ある時は業者さんと一緒に、気になる店を視察したり、『味樹園』の店舗を回ったり。
 しかし、『味樹園』のチェックが続いていたため、敢えて宇佐美は気を遣ってはるかに尋ねた。

「え? 今日は小金井店じゃないんですか?」
「いや、俺はいいんだけど、最近、毎回『味樹園』じゃん。さすがに申し訳ないかなと……」
「いえいえ、全く問題ないです。っていうか、私、本当によくわからないんですけど……ふとした時に『味樹園』の焼肉が食べたくなるんです。無性に。これ、何なんですかね? 最初、私、普通って言ってましたよね? なのに完全にハマってるんですよ。意味不明じゃないですか?」
「なんでだろうね。ちょっとウケる(笑)」

「あの……今夜はそんな話をしながら焼肉食べませんか? 何かそれが最初に私と中川社長が感じたズレのような気がするんです。何か大きなものが掴めそうなんです」
「なるほど……じゃあ今夜は、俺的『味樹園』でいこうか。ま、実はいつも一部はそうしてるんだけど……だからハマったのかなって思うけどさ(笑)。35年間『味樹園』で育った俺が、多分、一番『味樹園』の良さを知ってるはずだからね。それが、はるかちゃんにも伝わったんじゃないかな」

 宇佐美は何となくわかってるかのように、ニヤッと笑った。
「じゃあ後で、小金井店集合で。今枝よろしくな」
「はい、席を取っておきますね」

「こんばんは」
「あ、はるかちゃん。お疲れ様です。こちらへどうぞ」
 少し遅れて宇佐美もやって来た。
「お待たせしました。さ、今日は俺の言うとおりの『味樹園』を楽しんでもらおうかな」

「そう言えば、いつも私が頼むのと新商品の味見でしたもんね。宇佐美社長のおすすめの組み立てでは食べてませんね」
「実はね~(笑)、ま、任せといてよ。あ、注文いい? まず〈タン塩薄切り〉、わさびつけて。それと〈牛ロースのわさび焼き〉、あとつまみで〈ピリ辛もやし〉。まずそんな感じ。と、生2つ」

「あ、すみません」
「今日もしっかり飲むよ~。ってか、はるかちゃん、酒強いからなぁ…」
「しょうがないですよ。酒屋の娘ですもん」