家業を継ぐ長男が、すべての財産を相続するのが当たり前――。そんな「家督相続」の伝統は、農家でも徐々に崩れつつあるようです。そんな時代に求められる相続対策とは、いったいどんなものなのか? この分野に詳しい児島敏和税理士(税理士法人児島会計代表社員)にに、事例も踏まえつつ、お話しいただきました。

相続に「失敗」、農業の承継を断念

相続は、やはり「損得勘定」ではなく「心理学」です児島敏和氏
税理士法人児島会計代表社員
1944年生まれ。明治大学卒業後、1970年に千葉県船橋市にて税理士登録・開業をし、2011年に税理士法人児島会計を設立。現在、同法人の代表社員。(一社)全国農業経営専門会計人協会会員・専務理事、(公社)日本医業経営コンサルタント協会会員、MMPG(メディカル・マネジメント・プランニング・グループ)正会員など。関東を中心に、医療法人、中小企業、農業法人、社会福祉法人、公益法人、個人事業等幅広く業務を行う。

八木 苦労した農業相続の事例を、教えていただけませんか?

児島 そうですね、十人十色様々なものがあります。90代後半の父親が亡くなった相続の例をお話しましょう。この方は、もう農業をリタイアし、60代前半の長男が専従者として農業を継いでいました。相続人は、奥さんとこの長男、それに嫁に行った長女、次女の計4人です。財産は、土地と現預金などで、数億円でした。

八木 すでにご長男が継いでいたんですね。それでも問題が?

児島 遺産分割協議が、なかなか成立しなかったのです。長女と次女が、「遺産分割協議書に判を押したくない」と。ちなみに、お父さんは、「財産は、後継者である長男に譲る」といった遺言書を残してはいませんでした。事実上、何も相続対策をせずに逝ってしまいました。ご自身は、晩年には、温泉めぐりなどをしながら天寿を全うしたのですが、相続人同士は争いになってしまったわけです。

 遺産分割協議がまとまらないというのは、農業相続においては、ことのほか大きなデメリットを生むんですよ。

八木 そうなんですか。どんな問題があるのか、説明をお願いできますか。

児島 前回、農地に関する相続税の「納税猶予の特例」の話をしましたよね。相続した農地で農業を継続する場合には、要件を満たせば、その土地にかかる一定の相続税額が猶予される、という制度でした。

 しかし、この制度の適用を受けるためには、相続人の間で遺産分割協議が決着していることが大前提なんですね。

八木 その前提のところで躓いてしまった。

児島 申告期限までに遺産分割の協議がまとまらず、結果として農地の納税猶予の特例申請ができませんでした。

 農地は市街地にありましたから、相続評価額は多額になり、納税額も億単位にハネ上がりました。納税額に見合うほどの現金はありませんでしたから、長男はやむを得ず農地の大半を売って、納税資金を作るしかありませんでした。結果的に、農業の継続はできなくなってしまったんです。