相続で争いが起きるのも、それを一層深刻化させるのも、相続人同士の「感情」の噴出が主な原因である――前回は、そんなお話でした。では、できるだけそれを回避するために、妙案はないものでしょうか? 小林清税理士(税理士法人小林会計事務所)は、被相続人(親)が相続人(子)に、その思いをしっかり伝えておくことが大切だ、と言います。ただし、「伝え方」に注意しないと、逆効果になることも。

思わず涙を誘う「付言」とは?

八木 「揉めない相続のためには、何が必要ですか」って、たぶん何百回も聞かれたと思うのですが(笑)

小林清税理士
税理士法人小林会計事務所所長
1979年小林税理士事務所、相続専門窓口「横浜相続なんでも相談所」開業。不動産評価や調査対応を得意とし、神奈川県を中心に、数多くの相続・贈与申告を手掛ける。相談料は無料、店舗型の事務所で相談しやすいと評判が高い。

小林 私はよく、「相続を被相続人の『設計図』なしにやろうとするから、争いになる」と言うんですよ。「遺産分割はこうする」という方針とともに、その理由をちゃんと伝える必要がある。それがないと、相続人が混乱して、揉める原因になるのです。

八木 それは、ちゃんと遺言書を作り、さらに「付言事項(*)」に分割方法の理由やメッセージを残すべき、ということですか?

小林 そうですね。私の考える「設計図」には二つあって、遺言書はその一つです。まずは、そちらからお話ししましょう。おっしゃるように、相続人の感情に訴える付言事項の活用は、とても大事だと感じます。私には、心に残る付言がいくつかあるんですよ。
 土地バブルが崩壊して少し経った時期に亡くなった、60代の男性がいました。体を壊して最後は入院生活だったのですが、その病室でしたためた自筆の遺言書を残していました。便箋にびっしり、5枚近く。そのほとんどが、付言でした。
 延々と書かれていたのは、妻へのお詫びと感謝の言葉です。「仕事や趣味にかまけて、家庭を顧みなかった」「残してあげられるものが少なくて、申し訳ない」……。その方は、かなり手広く株をやっていたのですが、バブル崩壊で損害を被ってしまいました。「それでも、老後資金の足しにはなるだろう」と、それらの株や、不動産などの財産の多くを奥さんに譲る、とそこには書かれていました。今となっては、細かな文言は忘れてしまいましたが、こちらまで思わず目頭が熱くなったのを覚えています。
 一方、二人の子どもに対しては、「そういうわけだから、遺産のほとんどは、苦労をかけたお母さんに渡したい。すまないが、我慢してほしい」と記されていました。子どもさんたちも、ちょうど自分の子どもの教育に、お金がかかる年代に見えました。彼らにもそれなりの「期待」があったはず。でも、父親の「人生最後の手紙」を読んで、納得です。一切揉めることなく、相続は終わりました。
 

*付言事項 遺言書には、遺産分割の方法についての理由説明や、残される家族に対するメッセージなどを「付帯事項」として記すことができる。ただし、この付帯事項には法的拘束力はない。