顔もコワいし、言葉もひどい
しかしなぜか部下に好かれる理由とは?

 K部長は愛嬌のある顔をしているわけではない。目を吊り上げて、痩身に鞭打つように体をひねり、罵声を浴びせる。部下を食事に誘うわけでも、飲みに誘うわけでもない。部下をほとんど褒めない。

 およそ好かれる要素のなさそうな人物なのだが、私はある時から、K部長の罵声にあまり嫌悪感を覚えなくなったことに気づき始めていた。決してマゾヒズム的な性向があるわけではない。同僚たちも、私ほどの頻度ではないが、多かれ少なかれ、罵声を浴びている。にもかかわらず、K部長と部員の間の関係の質は、至って良好なのだ。

 私も同僚たちも、なぜ怒鳴り散らすK部長と、良い関係を築けるのだろう?しばらく、私にはその理由が分からなかったが、ある時、別のT部長から、穏やかに次のことを言われた時に、その理由がわかった。「社長がやれと言っているのだから、四の五の言わずにやれ!」、「自分は忙しくてできないから、とにかくやれ!」――。こちらは、猛烈に違和感を覚えた発言だった。

 思い起こせば、K部長の罵声はいずれも、K部長自身の利益のために発せられているわけではない。自分がラクになりたいからでも、社長に言われたからでもない。K部長なりの信念に基づいて発しているのである。そして罵声は、K部長の本気度を表している。みやげものの1つ、パンフレットのほんの1ヵ所の色合いに対しても、信念に基づいて、真剣に取り組んでいるのだ、と。

 加えてその罵声は、確かに罵声なのだが、たいていは命令形ではなくて疑問形なのだ。冒頭の例でも、(めずらしいみやげを)「探してきたのか」、「つまらないと思っているのか」、「何も浮かばないのか」、「そんな色がよい色だと思っているのか」――。いずれも、疑問形で部下に問いかけている。まさにコーチングで用いる、相手に気づきを与える質問の形式なのだ。

 さらにビジネスパーソンたるや、「本気で頭を絞れ」、「知恵を絞れ」、「相手をもてなせ」と、後輩に思いのたけを伝授するという、育成のための言動になっている。

 罵声がゆえにわかりにくいし、誤解を生みやすいが、信念に基づき、相手に気づきを与えて考えさせる内容となっている。つまり、後輩や部下を育成するための言動であるがゆえに、罵声にもかかわらず嫌悪感を持たれないというわけだ。表現が乱暴であることを除けば、コーチングそのものである。頑固上司は、彼なりのコーチングを実践していたのである。