演奏が終わると観客は喝采を浴びせます。

 しかし、オーケストラの方を向いているベートーヴェンには聴こえません。歌手に促されて、観客側を見た時に、ベートーヴェンを如何なる感慨が襲ったのでしょうか。舞台に4回も呼び出され、警察も出る大騒ぎとなりました。第二楽章は2度もアンコールされました。

第九の日本初演は世界史の一部

 優れた作品には、それに相応しい逸話があるものです。

 実は、日本における第九の初演は、今から97年前の1918年6月1日と記録されています。第一次世界大戦末期のことです。

 ここには、歴史の幕間で控えめに輝くドラマが在ります。

 1914年、第一次世界大戦が勃発すると日英同盟の義務から、日本軍は出兵します。中国山東省のドイツ租借地青島に駐留するドイツ守備軍を攻撃し、宣戦布告から僅か2ヵ月半で陥落させます。そして、青島にいた約5000名のドイツ兵は日本の俘虜(捕虜)となります。このうち953名が徳島県鳴門市大麻町の坂東俘虜収容所に収容されることになります。

 ここからが第九の物語です。

 坂東収容所の俘虜には、全くの偶然ですが、軍楽隊メンバーら多数の音楽関係者が含まれていました。俘虜生活とはいえ、収容所内では、自由が認められていたので、一時期は6つもの楽団が腕を競い、時には収容所内に地元徳島の人々を招いた演奏会も頻繁に行われるような状況となりました。

 そんな楽団の一つがハンゼン軍楽隊長の下俘虜45名からなる徳島オーケストラです。この楽団は相当な水準だったといいます。そして、徳島オーケストラの第二回演奏会で第九全楽章が演奏されました。第九には、苦悩を突き抜けて歓喜に至れ、というベートーヴェンの思いが溢れ、戦いの世にあって平和を実現すべしとの理想主義が全編を貫いています。その響きに俘虜も地元民も涙が止まらぬほどの感動に包まれたといいます。