しかし、野党への支持率は一向に上がらず、投票率も下がり続けるばかりだ。

 近年、投票率が下がり続けているのは、おそらく多くの有権者が「選挙の制度上の限界」に気づき、バカらしいと感じ始めているからではないか。しかしながら、選挙もしょせん一制度にすぎず、制度に欠陥は付き物である。まして直輸入した日本の民主主義なんて、欠陥だらけで当たり前だ。選挙を否定するなら暴動を起こすしかなかろうが、そこまで覚悟のある人も少ないだろう。

 1票で社会を変えられないなんて、当たり前のこと。しかし、小さな1票1票の積み重ねでしか、物事は変わらない。その営みは実にバカらしいかもしれないが、刀で切り合ったり、ピストルで撃ち合ったり、テロで政治的な主張を押し通したりしようとするより、よほどマシではないか。

 だからこそ、筆者はこう言いたい。「ごちゃごちゃ言わずに、有権者ならとりあえず参院選に行っとけ」と。

安心しないでください
「安き」に流れる人々の心理

 人々は安心したい。

 安倍総理が支持を集めるのは、他に選択肢がない(政権を託したい野党がない)こともあるだろうが、今の与党の「安定感」に安心しているのだろう。その意味では、野党側に反省すべき点は多くあろう。「改革!」と叫べば政治家で有り続けられるだろう、という改革詐欺師のような考え方では、いつまで経っても政権はとれない。実のある改革プランをきちんと提示し、信頼を勝ち得ていかなければならない。

 一方で、私たちは肝に銘じておかねばならない。これからの時代、政治家が何かをしてくれることを期待しているだけではダメだ。高齢者の割合が増え続けるなか、自治体の負担増は免れず、誰がリーダーになっても住民の生活が劇的に豊かになることはない。

 誰かに判断を委ねてしまうのは楽だ。しかし、それでは本当の安心は手に入らないのではないだろうか。

 私たちが戦うべき敵は、私たち一人ひとりの心の中にある「どうせ変わらない」という諦めや依存心である。この閉塞感を打ち破るのは、他の誰でもない私たち自身だし、地域を活性化させるのは、他の誰でもないそこに住んでいる人たちなのだ。

「安心」を手に入れるためには、「不安」と戦わなければならない。不安だからこそ、有権者としてしっかりと権力を監視する姿勢が求められよう。それこそが民主主義の本質である。だからこそ、筆者はあえて2016年の初めに、昨年の流行語を拝借してこう言いたい。

「安心しないでください。穿いてませんよ」