何故、メセニーかと言えば、彼の辿った道がジャズの進化そのものを体現しているからです。

 メセニーは、13歳の頃、ヴィブラフォン奏者ゲイリー・バートン四重奏団の「ダスター」(写真)を聴いてジャズに目覚めます。それまで中学の吹奏楽部でフレンチホルンを吹いていた少年がジャズの洗礼を受け、突然ギターを弾き始めたといいます。

 実は「ダスター」は伝統的なジャズからフュージョンへと一歩踏み出した画期的な音盤でした。メセニーが感動したジャズは、伝統的なジャズが大きく変革したものでした。この音盤、今聴いても新しく、メセニーサウンドの原点です。

 そして、18歳になる頃にはギターを極め、憧れの人ゲイリー・バートンの楽団に参加。21歳で独立し、ソロデビューを果たします。

 そして、1978年1月、メセニーはノルウェーは首都オスロのタレントスタジオに入ります。極端に日照時間が短くなるスカンジナビア半島のフィヨルドの地で録音したのが「パット・メセニー・グループ」(邦題は「思い出のサンロレンツォ」)です(写真)。1曲目の“思い出のサンロレンツォ”の導入部は、透明感に溢れ、冷たく澄んだ空間を舞う感覚です。ここに存在しているのはエレキギターでしか表現できない響きです。

 かつて、ジャズは、マイルス・デイビスやジョン・コルトレーンの名を出すまでもなく、管楽器が主役でしたが、メセニーは主役の交代を告げるかのようにギターで彼の音宇宙を構築します。

 この音盤は、ジャズが全く新しい領域に入ったことを(そう意識しているかどうかは別にして)宣言しています。その響きは、もはや伝統的なジャズとは似ても似つきません。上述のベニー・グッドマンから40年でここまで変化したのです。

 あるいは、ジャズとは変化し続ける音楽のことかもしれません。1月に生まれた名盤たちがそう語っています。

(音楽愛好家・小栗勘太郎)