過渡期にある国際社会の中で
国民はどんな米国を望むのか

 このようなアメリカ人の怒り・不満や共和・民主両党の変質と並び、大統領選の大きな背景をなすのは国際環境の変化であり、米国の地位の変化である。実はこの選挙で問われているのは、国民は国際社会の中でどのような米国を望むのか、ということなのではなかろうか。これまでの大統領選挙でも、国際社会の大きな変動期には従来とは異なるタイプの大統領が選ばれてきた。

 カリフォルニア州知事を務めはしたが元々ハリウッド俳優であったレーガン氏が大統領選で勝利したのには、強い米国が切望されたことが背景を織りなしていた。当時、イラン革命で米国大使館員が人質に取られた事件や、ソ連のアフガニスタン侵攻等、冷戦がピークを迎え、ひ弱なアメリカに対する強いフラストレーションが渦巻いていた。ジョージ・W・ブッシュ大統領が演出したのは、米国一国になろうとも世界の警察官としての役割を果たすという姿であった。

 ブッシュ大統領の後、オバマ大統領が選ばれた背景には、長く続いたイラクとアフガニスタンでの二つの戦争を終わらせ、ピーク時には約16万人に達した米兵を撤退させて、戦争をめぐり分裂した米国を人種も含めて融合させたいという国民の大きな意思が働いたのであろう。

 現在国際社会は、そして米国の役割は、やはり大きな過渡期の中にあると言っても過言ではない。国際社会の構造も、先進民主主議国と新興国の力のバランスが変化し、とりわけ中国の台頭は目覚ましい。ウクライナ、シリアをはじめ色々な地域での紛争や衝突が数多く発生している。果たして米国の指導力はどう変化していくべきなのか。

 クリントン氏は国務長官を務め国際関係に精通しており、おそらくオバマ大統領との対比ではより積極的な外交安全保障政策を展開していくと見られている。一方トランプ氏が描くのは国益第一で国内志向の強い、むしろ孤立主義的な米国なのだろう。ある意味対照的な米国の姿である。大統領選挙は米国民にこの選択を突きつけているのかもしれない。

 大統領選挙は今後どのような形で終焉していくのだろうか。共和党や民主党のアイデンティティは変わっていくのだろうか。そして、米国民の選択は国際社会で指導力を増す米国を生み出すのか、それとも孤立主義的な米国を生み出すことになるのであろうか。日本への影響もこの上なく大きい大統領選挙から目が離せない。