14年前、私はNHKのスペシャル番組を製作するため、何度も義烏を訪問していた。だから、14年ぶりの再訪で何を発見できるのか。その比較と発見は密かな楽しみだった。

 当時、上海からは遠く、浙江省の省都杭州市からでも車で3時間くらいはかかる移動だった。空港はあるが便は少なく、高速道路もまだなかった。交通は大変不便だった。いまは高速道路ができており、上海からの移動は3時間くらいで済む。

 車が義烏に入る前に、同行の関係者たちに、「義烏の町の照明は暗い。豊かな町だが、節約を徹底している」といった当時の私の感想を披露した。車が義烏に入ったとき、関係者たちは一様に感心することになった。「いまも暗いのだ」と14年前の私の感想と同じ言葉を口にした。 

 当時、私は全国紙で、義烏商人の金銭感覚を取り上げたことがある。「小商品」、つまり雑貨の製造・販売で知られる同市の市内には、バザール形態の小商品市場があり、蜂の巣のように細かくセルで区切られている。一つのセルが一つの店舗で、面積はせいぜい数平方メートル。猫の額ほどの舞台で、爪楊枝を100本売ってようやく0.01元(当時の為替レートでは、1元は約15円)の利益を手にする、といったうまみの薄い商売をしている。

 実際に爪楊枝を販売する店舗では、1日に10トンをさばくことも多い。1億本売れた計算になるが、100本で0.01元なら、利益は1万元だ。私が訪問した眼鏡の商人も、眼鏡一つで利益はわずかに0.04元。だが、5000個、1万個とまとまった数で世界中に根気よく売っていく。

 義烏商人の会社を訪問したとき、38度にもなる猛暑だったが、どの会社の社長室もクーラーが使われていない。いや、クーラーそのものが取り付けられていない。片隅に置かれた扇風機も、工場にあるような汚く粗末なものだ。驚く私に「クーラーを1分間使うと販売した商品をどれだけどぶに捨てることになるか」という返事が戻ってきた。しかし、顧客が来る商品の陳列室には、ちゃんとクーラーを取り付けている。ここまでコストの削減に努力している町全体の姿に頭が下がる思いがした。

 とはいえ、14年後の義烏は、その変革を迫られていた。人件費の高騰や環境保護の出費もあり、コストの削減だけの努力ではもう限界に達している。越境ECの勃興と伝統的な商売形態の衰退も新しい変貌とレールチェンジを求められている。

 義烏滞在中、政府関係者との座談会や展示会の見学などのスケジュールをこなす一方、地元の企業も訪問したりしていた。旧態依然とした企業と新しい模索に成功しつつある企業を目の当たりにして、その明暗に驚きながら、義烏ないし中国経済の行方を考えさせられている。