原子爆弾を靴下のブランド名にする国際感覚

 ある靴下の生産で知られる企業を訪れたとき、広い陳列室に顧客の姿は一人もいなかった。私たちを案内していた責任者は名刺を持ってこなかった。口々に「日本市場には入っていない。それを打破したい」と言っているが、日本の関連企業を紹介しようかと応じたら、「100万足でないと、注文は受け付けられない」と言われ、唖然としてしまった。「ユニクロとの商売をしたい。2万足、3万足の仕事はしたくない」と例の責任者が弁解している。

 一方で、アメリカ、ドイツなどのブランド品の靴下の製造を請け負っていると自負しているが、自社ブランドに原子爆弾を意味するネーミングをしている。海外市場への理解がまったくできてない。道理で日本市場に進出できなかったわけだ、と納得した。

 薄利多売の路線を求め、走ってきた義烏雑貨の発展の道のりを考えると、その気持ちがわかる。しかし、これではもう時代遅れだ。

 もう一つの企業を訪問したとき、まったく逆の発見をした。1994年に設立した双童日用品という会社だが、二十数年、ずっとストローに専念したビジネスをしている。世界規模のスーパーマーケットなどの優良企業から安定した注文を受けていた同社は同業者から羨ましいと言われていた。

 しかし、彼らは逆に不満を覚えていた。価格においては主導権を握っていないのだ。そこで大手企業1社の注文が中小企業の10社の注文に相当するなら、その10社の中小企業に営業の重きを置くようにした。特許をもつ数々の製品の開発やブランディング戦略の構築などの努力もあり、順調に発展している。環境保護や社員の福祉厚生にも力を入れ、中国では珍しい匠の精神に打ち込んでいる企業だ。誰でも納得できる優良企業と言えよう。

 薄利多売の義烏企業のこれまでの路線を離れ、まさにブランド、品質、差別化で成長を続けている企業だ。後継者問題も解決できたようだ。31歳の社長は1年前に就任したばかりだ。しかし、創始者でもある前社長の補佐を5年もしている。16歳から働き始めた若い社長が企業戦略を熱っぽく語っているその横顔を見て、少年工出身だとは思えないその成長ぶりにまぶしさを覚えた。

 まさに義烏の明暗を見た旅だったと思う。