○○で勝つことは、ビジネス全体で負ければ関係ない

 私たちは自らに都合のよい言い訳を好みます。失敗の現実から目をそらし、自分を慰めるためにです。南ベトナム崩壊の5日前にハノイであったやりとりです。

「米陸軍大佐ハリー・G・サマーズ・Jrが北ヴェトナムの大佐に『わかっているだろうな。俺たちは戦場で負けたんじゃないぞ』と言ったところ、北ヴェトナムの大佐は『そのとおりだろう。だが、それは関係がないよ』と答えたのだった」(前出書より)

 ○○では勝っている、でも戦争全体では負けた。この言葉は形を変えて現代ビジネスにも使われています。認めたくない真実に、私たちは耳触りのよい言い訳をしているのです。

・技術では勝っている、でもビジネスでは負けた
・良い製品をつくっている、でも販売では負けた
・味には最大限こだわっている、でも商売としては他店に負けた
・伝統を守っている、でも商売としてはもう続けられない

 ベトナム戦争で米軍は、戦闘で勝ちながらも戦略的な勝利の自信を失いました。北ベトナムの将校が答えたように、戦争の成否に「それは関係なかった」からです。

 過去数年のあいだ、日本企業は「ビジネスで負けていても、技術では勝っている」と言われてきました。しかし競争の争点は当然ビジネス全体であり、ベトナム戦争で負けた米軍のように、自己欺瞞から脱出して目の前の現実に気づく必要があるはずです。米軍は、ベトナム戦争以降「戦争の勝敗を左右する」要素に賢明にも立ち戻ります。

「砂漠の盾作戦」、すべてを凝縮して勝利した米軍

 1990年8月、イラクの大統領サダム・フセインは隣国クェートに10万人の兵力で侵攻。国連は緊急安全保障理事会を開き、イラク軍へ即時無条件撤退を求めます。米軍は国際世論を整えたうえで、大規模な軍事行動で一気に勝利を得ることを狙いました。

 米軍のトップは、ベトナム戦争にも従軍した統合参謀本部議長のコリン・パウエル氏。周辺海域に展開した米軍は42万人以上、多国籍軍も25万人以上に達しました。偵察衛星や無線解析でイラク軍の配備は詳細に分析され、空中警戒管制機が24時間動向を監視している新たな戦場が準備されます。

 1991年1月17日午前3時にトマホーク巡航ミサイルがバクダッドの主要施設を一斉攻撃、多国籍軍による「砂漠の盾作戦」が始まります。防空シェルターを持つイラク軍に、航空攻撃は困難と予想する専門家もいましたが、誘導ミサイルによるピンポイント攻撃で、次々とシェルター内の兵器を破壊していきます。

 海上から行われた巡航ミサイル「トマホーク」は、作戦初日に52発中51発が命中、作戦期間に総計290発が発射され85%の命中率を誇りました。巡航ミサイルの命中精度の高さにより、有人機の役割は区分されて被害を減らしました。

 敵の拠点を次々と破壊するも、完全に制空権を確保するまで多国籍軍は地上作戦を控え、十二分に敵の航空兵力を粉砕したのち進軍。2月24日からわずか4日間の地上戦でクェート市の解放に成功します(ベトナム戦争は本格的な侵攻から八年を費やした)。

戦場の形が変わり続けるビジネス、学習する組織の革新の力

 ベトナム戦争で「戦闘での優位が必ずしも全体の勝利に結びつかない」ことを米軍は学びました。政治世論の形成、非消耗戦で完結することが目標に追加されたのです。

 精密誘導爆弾やミサイルは、上空から大量にばら撒く空爆を時代遅れにしました。これにより、巨大組織がピンポイントで精密な戦闘を実行できるようになったのです。戦場の形が幾度も変わる新時代を迎えているのです。勝敗を決める重要ポイントは変化し、戦場の領域が広がったり形を変える時代です。

 飲料メーカーが医薬品事業を行い、携帯事業会社がロボット開発を手掛ける時代です。世界有数の自動車メーカーのトヨタは、現在では自動車を製造するだけではなく、自動車文化の育成や社会インフラの形成までも目指しています。

 ヴァーチャルな影響力とリアルの融合で圧倒的な強みを発揮する企業も増えています。グーグルは検索エンジンだけではなく、サーバー構築で世界的なシェアを持ち、フェイスブックも同様にサーバー設備への投資を急増させています。ネット書店のアマゾンが、巨大物流倉庫に大規模な投資を続けていることはみなさんの記憶にも新しいでしょう。

 米軍はハイテク機器で遠距離から敵を捉え、確実に撃破する遂行力を持っています。一方で停滞を続ける組織も増えています。長く続いた均衡を打破する構造がなければ、小出しに行う努力はすべて均衡に吸収され消滅するからです。戦線を拡大し続けたヒトラーに、ドイツ軍の参謀たちが戦線縮小と再結集を嘆願したことを思い出してください。

 均衡からの消耗戦を怖れた米軍は、60万人以上の大群を集めて戦闘を開始しました。

■米軍に学ぶ、学習する組織の質問リスト
・これまでの均衡を打破する突破力は設計したか?
・顧客との関係で「局所優位」を拡大できるか?
・自社のビジネス領域を効果的に新設定しているか?
・無効な行動を発見して棄却できているか?
・継続的に有効な指標を見抜いているか?
・組織のミドル層が、横断的に集まり内部から新戦略を模索しているか?

「戦闘で勝つことが、戦争の勝利につながらない」という気づきは自己否定を含みます。米軍は世界で最も戦闘に強い軍隊だからです。しかし、戦場の形が変わる世界では、新たな自己否定に直面したとき、それを受け入れて自らの戦う領域を効果的に再設定できる組織のみが生き残ります。湾岸戦争と続くイラク戦争で、標的が確認できれば確実に撃破できる戦場が展開されましたが、現代では「明確な敵の姿が見えない」異なる戦争に移行を始めています。

 ビジネスでは人を殺す武器を手に争うことはありません。しかし人間が時間と共に進歩を続ける限り、ビジネスの戦場もまた形を変えていきます。新たな地図を描き続けることこそが、人と組織に新時代の役割を発見させて、社会を常に進歩させるのです。(連載終了)