救援物資の提供も難しい。東日本大震災の約1ヶ月後、復興ニーズの調査のために被災地を回ったが、避難所の人たちに何を持って行こうかと考えた。東北の人はお酒が好きそうだから一升瓶でも持って行けば喜ばれるかと思って尋ねてみたら、返ってきた答えは「ファッション雑誌」だった。避難所生活も1ヵ月が過ぎ、女性たちのストレスもたまっている。キレイなファッション写真を見て癒やされたいということだった。

 当時、どこのメディアでもそんなことは伝えていなかったが、それが被災者からのリアルなリクエストだったのだ。そこで僕は、主立った女性ファッション誌を買い込み、さらに男性のためにはオヤジ向け週刊誌を買い込み、避難所に持って行ったところ、とても喜ばれた。つまり、あのときの避難所の人たちにとっての「心のケア」とは、心理カウンセリングではなく、娯楽だったのだ。たぶん、心理カウンセリングのような心のケアが必要となるのは、もっと後のことだったのだろう。

「善意の押し売り」が
被災者の尊厳を傷つけることも

 このように、被災地ニーズは時と共に変わる。3.11から1年以上経った2012年の初夏。「仮設住宅は遮熱効果がないので、夏が来ると暑くてしょうがない」という話を聞き、遮熱効果のあるペンキを仲間たちと一緒に仮設住宅に塗りに行ったときのこと。僕らが作業をしている最中に、1台の車がやってきた。どうやら仮設住宅の人たちのために、何らかの支援物資(たぶん食料)を持ってきたようだった。彼らは飛び込みで来たようで勝手が分からず、僕の仲間が仮設住宅の町内会長みたいな人を教えてあげた。その来訪者は会長に会いに行ったが、数分後、彼は支援物資を抱えたままクルマに戻ってききた。そして、車内で待っていた自分の連れに向かって「要らないんだってよ!」と怒りの言葉を吐き捨て、仮設住宅を去っていった。

 彼らにしてみれば「せっかく善意で来てやったのに」という気持ちだったのだろう。だがこれも、アポなしで仮設住宅の人たちのニーズを確認せずに、思い込みの善意でやってきた結果である。実際、当時の仮設住宅は食料に関してはかなり豊富で、僕も仮設住宅の人たちからお茶菓子を振る舞われたこともあるし、米をプレゼントされたこともある。5キロ入りの米袋だった。さすがに支援活動に行って米をもらって返るわけにもいかず、丁重にお断りしたのだが、「余ってるから持って行きなさい」と譲らない。あまり頑なに断るのも失礼かと思い、恐縮しながら頂戴したぐらいだ。ともあれそのような状況の仮設住宅に、相手のニーズも聞かず、たんに善かれと思って食料を持って行くのは、やはり被災者の人たちからすれば「善意の押し売り」にしかならないのだ。

 もうひとつの「要らないもの」の代表格が「古着」だ。これは阪神大震災の被災者も、東北の被災者も口を揃えて言う。実際、これも東北の震災からひと月後くらいのことだが、とある被災地の市役所の玄関前に支援物資である古着が山と積まれていて、「必要な方はご自由にどうぞ」と書かれていたが、ほとんど誰も持って帰ろうとしない。僕が見たときは、おばあさんが一人、物色していただけだった。やはり古着は歓迎されていなかったのだ。

 このようなことを書くと「せっかくの善意を不要だというのは、被災者のワガママだ」と思う人もいるかもしれない。しかし、それは違う。当然ながら、被災者もまた、尊厳を持った人間なのだ。もちろん被災直後は生き延びることに必死で、それこそ救援になる物資は何でも必要としていただろう。しかし、被災してひと月も経てば、人間らしさ、人としての尊厳を取り戻そうとする。そうでなければ、絶望に打ち勝ち、希望を抱くことなどできないからだ。