忙しすぎるトップは、経営をしていない

「事業や経営の課題と戦い、企業を成長へと導く経営トップはとても忙しい」。誰もがそんなイメージを持っている。現に、少なからぬ経営トップ自身が「多忙である」「時間がない」と自ら認めている。

 しかし私は、それはおかしいのではないかと思う。事業戦略も経営戦略も、そしてトップ自身のあり方も、実は「何を捨てるか」が戦略の要諦になるからだ。

 私事で恐縮だが、GEに入社する前の投資銀行時代のプロジェクトでも部下はせいぜい20~30人だった。また日本のGEキャピタルのトップに就く前は、GEキャピタルのアジアにおける「事業開発担当副社長」というM&A部門のヘッドで、直属の部下は10人ほど。そうして日本のGEキャピタルの社長になり、いくつもの事業を束ねるポジションなので、当然ながら部下は一挙に1000人以上にもなった。

 それまでは個別に運営されていたリース事業、自動車リース事業、(後に、小口リース事業)が束ねられて一つの組織として運営されることになったので、社長前任者がいなかった。そこで何をしたらよいのかを考えるために、GEの様々な事業の現役社長たちに聞きに回った。「新しくこの役職に就きましたが、私は何をするのが仕事なのでしょう」と。

 それで分かったのは、「自分は何をする人ですか」をきちんと確認し、「トップとしてやるべきこととやらないことを明確にする」だった。

「私、安渕は何をする人なのか」。私の答は「人の力を引き出す人」だ。

 私一人だけのパワーで企業全体をリードすると力むよりも、社員一人ひとりの力を引き出す。組織とは、一人ひとりの力を足すよりも大きな力を生み出せるから組織なのであり、一人でやっていた方がよいものであれば組織にする必要はない。そうすると、部下の力が本来は100であったとしても120や150に育っていくような仕組みや意識、環境を創れるかが上司の責務となる。

 その上で私がなすべき5つの事柄を決めた。(1)戦略を立て、(2)戦略を実行する、(3)文化やコンプライアンスなどのバリューを隅々にまで浸透させる、(4)ブランディングの構築に努力する(広告宣伝や取材対応、外部講演など)、(5)人材の育成、だ。

 これによって自分自身の優先順位がはっきりとした。この5つに当てはまらないことは基本的にやらない。なぜならば、重要なことに集中し、じっくり考える時間を確保するためだ。外部の面白い人に会ったり、勉強会に参加して、学び続けるためだ。そのための優先順位である。

「この会合には昔から社長に出てもらっていました」「この社内会議は、従来から社長主催でした」等々、現場からはいろいろなリクエストが上がってくる。しかし、頼まれたからと唯々諾々と応じていては忙しいばかりで、本来の仕事ができない。

 経営トップが果たすべき役割とは、「企業にとって一番重要な課題を選び抜いてそれに集中し、結果を出すこと」である。それ以上でもそれ以下でもない。それが手に付かないようではトップの役割を果たしているとは言えない。

 日立製作所の業績をV字回復させた川村隆・元会長は、日本経済新聞の「私の履歴書」で、「副社長時代は行事予定ばかりの表面的な忙しさに振り回されて目一杯仕事をしている気になっていたが、実は仕事らしいことは何一つしていなかった」と振り返ったが、トップがそうなってはならないのだ。