試みの1つはコンサルティング会社に委託し、「ミドル層活性化研修」なるものを受講させることなのだという。「ミドル復活プログラム」「ミドルのリニューアルアクション」という、聞き慣れないコースもあるようだ。

希望ある未来がない、心満たされる今もない、
あるのは「過去」の栄光だけ――。

 筆者が問題視するのはこの認識である。人事担当者の現状認識が極端に甘いのだ。仮に30代後半以上の社員が中だるみになっていたとして、それは中年になってからなのだろうか。もっと早い時期に「使えない社員」「持て余し者」「トラブルメーカー」などの、いわゆる戦力外社員になっていたのではないか。

 筆者の身近なケースを紹介しよう。ここ十数年でコンビを組んで仕事をした編集者で、20~30代は60~70人前後。8割の人は準大手・中堅の出版社に勤務する。その7~8割は、仕事のレベルは概して低かった。特に原稿整理の作業に関しては、放心状態になるほどにひどい。経験や場数がモノをいう作業だけに、無理もないかもしれない。こんな人たちも自らを「そこそこ優秀」と信じ込んでいるようだった。おそらく、高学歴であることが影響しているのだろう。

 挙げ句に30代後半になると、社長や役員のような口をきく。20~30代の社員の前で虚勢を張り、ホラを吹く。いじめに近いこともする。20代の頃から甘やかされ、野放しにされてきたがゆえに、自分の能力や実績を勘違いしてしまったのだろう。

 高学歴な人は、自分を高いところに置く傾向がある。その優越感は、劣等感と表裏一体である。新卒時の採用試験などの社外労働市場で認められないと、劣等感は屈折したものとなり、深刻化する。

 社外の労働市場で認められない人が、今度は社内の労働市場で望んだ結果を得ることができないと、コンプレックスが一段とひどくなる。ファイナルステージが、40代前半から後半あたりだ。役員や社長になる出世コースから完全に外れた人が、この時期に大量に生まれる。

 この人たちには、希望ある未来がない。心満たされる今もない。あるのは過去だけだ。だからこそ、二十数年前の学歴や10代の栄光にしがみつく、いわゆる「学歴病」になっていく。2014年の取材の際、人事担当者にこれらの認識について聞くと、ほとんどの人から回答がなかった。取材に同席した広報の担当者と顔を見合わせ、「うっ、キツイ」「う~ん、自分も20代の頃、使えない部下だったかも……」と笑い話として答える。こんな人たちが人事部員である限り、ミドル層の活性化も復活もリニューアルもないのかもしれない。