トレーニング6――実物で立体視させる

 テレビで見る富士山の景色には、山の中腹にたなびく雲があったり、ときには山頂にかかる雲が見えたり、山の上の青空に浮かぶ雲があったりします。

 お母さんは、それらの雲の位置がわかりますか。
 景色は立体的に見えますか。

 わかると言っても、実際は色の濃淡を、今までの経験から感じとっているだけです。
 大人は頭の中で計算し、解析して立体感を描いているわけです。

 経験の乏しい幼児は、ぬり絵の複雑な色合いを見ていますが、立体、遠近をどのようにとらえているのかはわかりません。

 でも、実物を見せることは大切です。
 実物は、同時にたくさんのことを教えてくれます。

 かつて強度のてんかんを持つ男の子を教えたことがありますが、自由画を描かせるのに苦しみました。
 遅々として成果が挙がらないので、私は考えつく限りの働きかけを試みましたが、なかなか難しい状況でした。

 そんな雨の日、コップと急須の写生をさせました。
 そのとき、初めて大変なことに気づきました。
 彼はコップのふちを線で結べなかったのです。
 円はフリーハンドでかなり上手に描けたので、手を添えて教えました。

 いろいろ観察して、立体視していないのでは?と感じ、トレーニング5の「卵当てごっこ」で遊びました。

 まぐれ当たりか、判断できたのかわからない時期が長く、彼の立体視の臨界期がすぎてしまったのかとあきらめかけていました。

 考えぬいた方策も底を尽き、今までの訓練はムダだったのかとさえ思いました。
 そのころちょうど、畑の落花生の収穫前でしたので、彼に手伝わせることにしました。

一さやに2つの豆がついたのが多く、それでも彼は喜んで懸命に根からもぎとる作業をして、汗だくでした。
 これで終わりではありません。
 日課として、その日の日誌を書いてもらいました。

 はじめから終わりまで、私は、「今日は何した」「畑に行ったね」「今日はおばあちゃんと畑に行きました」「畑で何した」「豆をとったでしょ」と、1つひとつ、思い出すヒントを与え、書く文章も教えてそのとおりに書かせ、最後に感想を本人に言わせるようにしました。

 すごく難業でした。
 ところがそのとき、感想文を書くように私が命令する前に、書いていたのです。

ピーナッツは8の字だった」と。

 私は言葉もなく、感激しました。
 彼は立体視ができていたのです!
 立体から平面を読み取り、それを文字で表現したのです。
 すばらしい言葉でした。

 その後、彼は目に見えて進歩し、私に幸せをくれました。
 立体視ができ、彼の目からの情報処理は正確になり、行動面も目を見張るものがありました。

≪競博士のひと言≫
 親鳥が走るのを見ると、ひよこは後をついていきます。
 ひよこは親鳥の走りを見ないと、後をついていけません。
 これは、生まれた直後に見ないとできないので、後追い学習には覚える時期があると考えられ、臨界期(クリティカル・ピリオド)と名づけられました。
 視覚に臨界期のあることは、ネコで1962年にヒューベルとウィーゼルが見つけ、1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。