薄幸そうな女性との出会い
「入営前だ、ぱーっとやるか!」
同窓会で一緒になったクラスメイトたちと、祇園の花見小路にあるカフェー「コスモポリタン」へと繰り出していった幸一だったが、そこで接客をせず店の片隅に所在なげに立っている女性(K女)に目がとまった。
気になった幸一は、酒の勢いもあったのだろう、思いきって声をかけてみた。
「この店に従姉妹が働いてるので、今日はじめて店に出たんですが……私お酒が弱くて……飲めないのに飲まされたら気分が悪くなって……今、少し休ませてもらってるんです」
京都のカフェーの女給には似つかわしくない標準語で、彼女は恥ずかしそうにそう話してくれた。
「幸一、水商売の女いうんはな、色気を武器に、男はんにうまいこと言うて金をしぼり取ってしまうんや。ほんまに怖いんやから絶対近づいたらいけまへん!」
日頃、信からきつく言われていた幸一だったが、カフェーの女給たちはそんな女性にはとうてい見えなかった。ましてこのK女は、金をむしり取るよりも、よほどむしりとられる方が似合っている。そんな薄幸そうな風情だった。
酒の席でおれがおれがと自慢話をする男はまずもてない。もてる男は聞き上手なものだ。
幸一は生まれつき、その才能に秀でていた。初対面にもかかわらずK女の胸襟を開かせ、問わず語りのうちにいろんなことを聞き出した。
生まれは東京で、家はお寺、名門の東京女子高等師範学校附属高等女学校(現在のお茶の水女子大学附属高等学校)を出たが、継母との折り合いが悪くて家を出て、親戚を頼って京都に来た。だが、その親戚は貧しく、居候するわけにもいかず働こうとしたが、就職難の時代だから会社勤めの口はなく、やむなくこの店を紹介してもらったというのだ。
地味でまじめそうで知性が感じられる。入隊までの2ヵ月ほどの間に、彼女に何かほかの仕事を探してやりたいという気持ちになった。
ラブレター事件で懲りているはずなのに、また彼の中のお人よしでおせっかいな性格が頭をもたげてきたのだ。マメな男もよくもてる。彼は甘いルックスだけでなく、もてる男の要素をことごとく身につけていた。
翌日から、知り合いを訪ね、K女の就職口を探して回った。
「そんな女のために走り回るなんて愚の骨頂だよ」
そう言っていさめる者もいたが、あらゆるコネを使って奔走した。
だがなかなか見つからない。2度3度、経過報告を兼ねて彼女を「コスモポリタン」に訪ねた。そんな時、K女はいつも、
「あなたはこの店に来るような人じゃないわ」
と言って、2階のカフェーには入れてくれず、いつも1階の喫茶店で話をした。