捨てる神あれば拾う神あり
幹部候補生試験での甲種合格を逃し、悄然としながら原隊復帰した幸一に、追い討ちをかけるような人事が発表された。
小野中尉戦死のあと3ヵ月欠員となっていた第6中隊長として、伊藤中尉が任命されたのである。自分を乙種にした訓練隊長が上官として赴任するのだ。お先真っ暗という気持ちだった。
しばらくして、彼は中隊長室に呼び出された。そして部屋に入るなり、伊藤からこう言われたのだ。
「貴様は在学中に何かやらかしたのか?」
その瞬間、頭のてっぺんに雷が落ちたような衝撃が走った。自分が乙種になったわけがすべてのみこめたのだ。例のラブレター事件である。
事情を話すと伊藤は、
「なんだ、そんなことか」
と拍子抜けしたように言ってにやりと笑った。
「試験の成績は優秀だったが、八幡商業の配属将校が“士官不適任”という申し送りをしていたため、乙種の1番としたんだ」
それを聞いていまさらながら強い怒りがこみあげてきたが、伊藤はこう言ってくれた。
「しかし悲観するな。わが中隊では貴様を甲種幹部候補生並みに扱ってやろう」
幸一は感激し、少し大げさではあるが、この人のためなら死んでもいいとさえ思ったという。