前例のないチャレンジほど、取り組んでいる最中は暗中模索で手ごたえがなく、あるとき前触れなく光が射してくるものだ--。これは、資産運用のロボアドバイザーを提供するスタートアップ「ウェルスナビ」を創業した柴山和久さんが、ところ変われど様々な仕事に取り組みながら実感することの一つだそうです。華麗なるキャリアチェンジ(東京大学法学部を卒業後、2000年から財務省(当時の大蔵省)で9年間勤務。パリ郊外にある経営大学院INSEAD(インシアード)でMBAを取得し、コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニー勤務を経て起業)を経ながらも、自身について「仕事に慣れるのに時間がかかるタイプで、キャリアの半分の期間は、組織の役に立っていなかった」と分析される柴山さん。未知なる取り組みに対峙するときの心持ちや成功するヒントを聞きました。

語学力もイギリスでの経験も不足
前例を踏襲しない方法を探した

 後から振り返って「特別だった」と思える仕事ほど、その最中(さなか)にいるときは苦しいものです。長く暗いトンネルを抜けて初めて、出口があったことに気づくのだと思います。

「前例のないプロジェクト」を成功に導くために必要なこと光明は突然あらわれる!

 日英の財務省を経てMBA留学、日韓米のマッキンゼーに勤務して起業、というキャリアは一見スマートかもしれませんが、私自身は計画的にキャリアを積んできたわけではありません。意識してキャリアチェンジをしたわけではないものの、働く場が変わるたびに「前例のないプロジェクトほど苦しかった」という点は共通でした。

 イギリスの財務省にいた2007~08年は、保健省やNHS(国営医療サービス)からの予算要求を査定し、予算案として編成していました。優秀な同僚たちは、保健省やNHSの会計課の担当者とタッグを組み、要領よく仕事を進めていきます。しかし、語学力もイギリスでの経験も足りない私がそれを真似るのは相当に難しいことです。要領が悪く、一時は仕事が回ってこなくなるほどでした。

 そんな状況で前任者から引き継いだのは、インフルエンザのパンデミック(大流行)に備えるための予算要求でした。新規予算としては巨額の「2000億円」をめぐり、保健省は「人命」を、財務省は「費用対効果」と「財源」を主張し、話し合いが2年近く平行線をたどっていました。

 折しも07年当時は鳥インフルエンザが大流行し、イギリス国内で水鳥が大量死していました。「パンデミックでの死者は数十万人に達する可能性がある」とのた試算が発表され、世間のムードは悪化。保健大臣が、首相官邸に直談判に乗り込む事態にもなりました。

 前任者と同じことをしていても着地点が見つからないーー。

 あるとき納得がいかない数字について保健省の責任者に質問してみると、交渉相手であるはずの私に、保健省内にいる感染症対策の専門家を紹介してくれました。その専門家がまた別の専門家を紹介してくれる、といった具合に、芋づる式に人脈ができ、私はロンドン南部の再開発地域やテムズ川沿いなど保健省のオフィスを次々に訪問することになりました。

 結果として、彼ら専門家の意見が役立ち、予算要求は2年越しで解決に至りました。イギリスの財務省から離任する際には、チームメンバーがダウニング街の財務大臣官邸で送別会を開いてくれたほどです。しかしプロジェクトの最中は、うまくいっている実感はまったくなかった。暗いトンネルを一生懸命進んでいたら前触れなく光が見えたのです。

「100ページを書き起こす」地道な仕事で
チームの一員として認められた

 その後、国際結婚を経てマッキンゼーに移ったときにも、似た経験をしました。マッキンゼーのコンサルタントにとって、説得力があり、かつ見栄えのいい資料を作るのはお手の物です。私も必死になってキャッチアップしましたが、その時点ではまだうまくいきませんでした。

 あるときウォール街の機関投資家のために資産運用の仕組みを見直すというプロジェクトで、資産運用の経験豊富なリスク専門家たちと一緒になり、Wordファイルで100ページ以上に及ぶ「リスク管理規程」や「資産運用方針」を一から起草しました。

 専門家たちの意見やコメントを集約して一貫性のあるルールに仕上げるのですが、これが地道で時間のかかる仕事でした。オフィスで夜を明かし、朝日に映えるイースト・リバーをうっとりと見とれたことも一度や二度ではありません。

 日がなWordファイルに向き合うというこの仕事は、“見栄えのよい資料を作りスマートにプレゼンテーションする”という世間的なマッキンゼーのイメージからはかけ離れていました。しかし、この無限に続くように思われたこのプロジェクトを経て、私はようやくチームの一員として認められたように思います。

  財務省でもマッキンゼーでも「誇りに思える仕事ができた」「このプロジェクトは特別だった」と感じたのは、それらが終わってしばらく経ってからでした。「誇りに思える仕事」にはたいてい前例がないので、できる限りの情報を得ながら、非効率なトライアルを繰り返すことになります。数週間、場合によっては数ヵ月、もがき続けているうちに協力してくれる人が現れ、気が付けば光が見えていたというのが正直なところです。

 その時点でのベストを尽くし、状況が変わればまたチームで知恵を出し合い、トライアルを重ねる。前例がないプロジェクトほど、ベストを尽くしても「これで完璧だ」と終わらせず、「もっとよくするにはどうしたらいいか」と考え続けることが大切です。

起業も同じ。暗いトンネルを
今まさに手探りで進んでいる

 正式リリースから1年4ヵ月で預かり資産400億円を達成し、国内ナンバーワン(日本投資顧問業協会調べ)のロボアドバイザーとして成長しているWealthNavi(ウェルスナビ)にしても、同じことが言えます。

 WealthNaviは16年1月に招待制で始まり、その年の7月に正式リリースしました。預かり資産は正式リリース時点で3億円、その半年後の16年末時点で10億円ほどでした。

 16年末の10億円は、当時としては「半年で3倍」という驚異的な伸びで達成した数字でしたが、直近の400億円からすればとても小さく見えます。「2020年に預かり資産1兆円」という目標に対しては、ますます遠い数字です。現場のメンバーは、WealthNaviの成長に期待しつつも、少なからぬ不安を抱いていたかもしれません。

 そんな中でも現場のメンバーが先手を打ってきたことが、今になって実を結び始めています。日本初のリバランス付き自動積立サービスやアルゴリズム公開、ロボアドバイザー初のメガバンクからの即時入金(クイック入金)サービス、おつりで資産運用アプリ「マメタス」の企画……。これらは預かり資産が数億円の時期の“打ち手”でした。結果としてお客様の内なる期待に応えたわけですが、最初からうまくいくことがわかっていたわけではありません。

 WealthNaviがこれまで以上に多くのお客様にお使いいただけるサービスとして成長するにはまた新たな挑戦が必要であり、現場のメンバーも私も、今まさに手探りで取り組んでいます。AIによる資産運用アドバイスの開発を目指す、東京大学との共同研究もその一つです。私たちは「新しい金融インフラを作る」という、前例のないプロジェクトの真っ只中にいるのです。