日本の山が危ない 登山の経済学#4

特集「日本の山が危ない 登山の経済学」(全6回)の第4回では、登山用品ブランドとしては国内最大級に成長したモンベルを取り上げる。登山家でもある辰野勇会長に、その事業の要諦と経営を支えたもの、さらに日本の山の課題について聞いた。(ダイヤモンド編集部 鈴木洋子)

「山に関わる仕事が好き」な社員は
財務諸表に出ない財産だ

辰野勇たつの・いさむ/1947年大阪府生まれ。スイス・アイガー北壁の最年少登頂記録を持つ。商社、登山用品店勤務を経て75年にモンベル創業。 Photo by Masato Kato

――メーカーながら全国130の店舗を持つ、登山用品店としては事実上最大規模のチェーンに育てました。

 僕もそうですが登山専門店は、だいたい登山家が「山道具に囲まれて商売したい」と起業したところばかり。ただ、将来後継者問題に悩まされるだろうなと、創業時にすでに予想していました。毎年若い新入社員を迎え続け、平均年齢を下げるためには成長しなければならない。会社をつぶさないために必要な規模を考えたとき、30年後までに売上高を当時の登山市場500億円の20%である100億円にすることを目標にしました。実際には30年で200億円、現在はグループで840億円の売上高となりました。

 ありがたいことに、モンベルがまだ小さな会社だった頃から、高学歴の「山好き」が集まりました。会社の安定ではなく、山とアウトドアが好きな人が、情熱を持って仕事に当たってくれている。これは財務諸表に出ないモンベルの資産だと思います。出店も実は決まった計画はなく、先方から出店依頼があった案件を精査し、採算が取れると判断したら受動的に出しています。店舗でお客さまに正確な説明ができる人がいなければ、むやみに拡大はできません。モンベルの商品は薬と一緒です。登山用品もカヌー用品も正しく使用しなければ命に関わります。

――創業3年で海外進出に踏み切っています。

 30年で日本の登山市場が伸びず、売上高100億円の目標が達成できそうにないとなったときに、海外でもビジネスをやっていれば補完できると考えたからです。海外に認められる品質かどうか力を試してみたいという思いもありました。米パタゴニアにはウエアの特殊素材や縫製技術を提供していたこともあります。現在の海外事業は直接販売とライセンスを合わせて100億円くらいの事業規模に育っています。

――リーズナブルで機能性の高い製品が人気ですが、どのようなポイントで開発しているのですか。

 モノづくりをベースにした企業であることが強みなのは間違いないです。社内のリソースも開発に大きく投じています。100%自社開発で、他社と全く同じものを並べたら、モンベルの方が2~3割安いものを作ることができる。そして、創業時から「自分たちの欲しいものを作る」ことで一貫しています。新商品の企画案はうちの社員であればどの店の誰でも出せて、何千点と集まる中から選択して開発します。市場のトレンドを報告してくる社員もいますが「意味がない。一切気にするな」とそのたびに言っています。モノづくりに関してはお客さまのご用聞きになるな。これは徹底しています。

 僕はこの前72歳でスイスのマッターホルンに50年ぶりに登ってきたのですが、やっぱりしんどい。でも、僕がこの年で登山やカヌー、自転車をやるときに欲しいものには、意外と現在登山をする同世代の団塊世代も同調してくれるんですよ。野外で茶をたてる野点セットや俳句を詠むときに使う野筆セットは僕が提案して商品化しました。まあ何十万セットが売れるとは思えないけどね(笑)。

 モンベルには「世界で一番幸せな会社にする」という経営目標がありますが、自分が今やっている仕事と置かれた状況を社員が幸せと思えるかどうかについては、いつも念頭に置いています。今日(インタビューが行われた9月14日)開催しているフレンドフェア(会員向けの物販、アウトドア体験、飲食、音楽ライブなどのイベント)もイベント代理店に外注せずに売り子からスタッフまで全員社員がやっている。もうからないけどみんなが「やりたい」と言うので続いています。僕もこれからステージで横笛を吹いてきます。