5万326人。新型コロナウイルスの影響の長期化で解雇、雇い止めにあった人の数だ(2020年9月1日、厚生労働省発表)。かつてないレベルで社会的不安も高まる今、民間からセーフティネットを作ろうと奮闘し、注目を集める起業家がいる。14歳からホームレス問題取り組み、19歳で認定NPO法人Homedoor(ホームドア)を立ち上げた川口加奈さんだ。
シェアサイクル事業でホームレスと放置自転車という2つの課題を同時に解決したり、月1000円の寄付会員を1000人集める“サブスク”モデルで資金を集めたりと豊富なアイデアで突き進む川口さんだが、このたび初の著書『14歳で“おっちゃん”と出会ってから、15年考えつづけてやっと見つけた「働く意味」』が発売となった。同書「はじめに」より、川口さんが考える今の日本に必要な仕組みを、ご紹介しよう。

14歳の私がしてしまった残酷な質問

解雇・雇い止めが5万人超…… 14歳から15年ホームレス問題に向き合った起業家が気づいた、コロナ禍の日本社会に必要な仕組み川口加奈(かわぐち・かな)
1991年、大阪府生まれ。14歳でホームレス問題に出合い、ホームレス襲撃事件の解決を目指し、炊き出しやワークショップなどの活動を開始。17歳で米国ボランティア親善大使に選ばれ、ワシントンD.C.での国際会議に参加する。高校卒業後は、ホームレス問題の研究が進む大阪市立大学経済学部に進学。19歳のとき、路上から脱出したいと思ったら誰もが脱出できる「選択肢」がある社会を目指してHomedoor(ホームドア)を設立し、ホームレスの人の7割が得意とする自転車修理技術を活かしたシェアサイクルHUBchari(ハブチャリ)事業を開始。また2018年からは18部屋の個室型宿泊施設「アンドセンター」の運営を開始する。これまでに生活困窮者ら計2000名以上に就労支援や生活支援を提供している。世界経済フォーラム(通称・ダボス会議)のGlobal Shapersや日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」、フォーブス誌による日本を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 JAPAN」、青年版国民栄誉賞とされる日本青年会議所主催の「第31回 人間力大賞グランプリ・内閣総理大臣奨励賞」など、受賞多数。【写真:三宅愛子(kiwi)】

 誰もが何度でも、やり直せる社会をつくりたい――。

 私は、14歳の頃からそう思いつづけ、かれこれ15年、活動をしている。

 プレゼンの出だしでそう言うたび、多くの方から「すばらしい」という反応をいただいてきた。

 ただ残念ながら、そんな好意的な反応は、「誰もが」の中に「ホームレスのおっちゃんたち」が含まれているとわかるまで、ということも少なくない。

――ホームレスになってしまうのは、自己責任でしょ。
――働きたくなくて、怠けているだけなんじゃないの?
――より好みしなければ、仕事なんてすぐ見つかるよ。

「家がない」人――私は親しみを込めて、「おっちゃん」とずっと呼んでいる――のことをそう言うのは簡単だし、深く知る前は自分もそんなふうに思っていた。

 今考えるととんでもない話だが、初めて炊き出しに参加した14歳の私は、元ホームレスのおっちゃんに直接こう質問したことがある(第1章を参照)

「なんで、ホームレスになったんですか? 勉強していたら、がんばっていたらホームレスにならなかったんじゃないんですか?」

 おっちゃんの答えは、私の想像を超えていた。

「わしの家は、田舎でな。貧乏やった。ずーっと畑仕事させられたわ。勉強机なんてもんなかったで。高校はもちろん行かせてもらえんで、中学出たらすぐに働きに釜ヶ崎(大阪市西成区)に働きにやってきたんや。(中略)でも、馬車馬のように働いて、こき使われてきたのに、50歳を過ぎたあたりで急に使ってもらえなくなったんや。やっぱり肉体仕事やから、若いやつが優先的に雇ってもらえる。中学出てからずっと日雇いしかしてきていないわしらに、今さら他の仕事なんてできへん。それであっという間にホームレスや」

 おっちゃんは、「怠惰で仕事を長く続けられない人」だったのではない。選択肢のある環境にいなかっただけなんじゃないか。そうして、あるひとつの「問い」が、私の心に芽生えた。

――そもそも、なぜホームレスのおっちゃんたちには「やり直す」チャンスがまったく用意されていないんだろう。

 これまで出会った方の中には、些細なことがきっかけとなり、ホームレス状態に陥っている人も多かった。そういう人をゼロにすることは、確かに難しいかもしれない。しかし逆に言えば、世の中にやり直すための選択肢がたくさん存在し、脱出するための「道」として機能していれば、ホームレス問題は解決できるのではないか。

 誰であれ、失敗しても再挑戦できる仕組みが社会にあれば、この問題は「問題」じゃなくなるはず

 そう勝手に思い込んだことで、もう15年もこの大きな問題に対して、一歩ずつ、一歩ずつチャレンジしていくことになったのだ。

2つの社会課題を同時に解くビジネスモデルはどう生まれたか

 14歳、中学2年生でこの問題と出合い、19歳で認定NPO法人Homedoor(ホームドア)を立ち上げた。

 課題解決のために、最も大事にしているのが、現場や当事者の声だ。

 彼ら彼女らはどういう経緯でホームレス状態に陥り、本当に必要としているのはなんなのか。

 それを見極め、夜回りでの声かけから、シェルターの運営、相談の受付、仕事の提供、金銭管理のサポート、そして最終的には就職し、家を借りて路上脱出するところまで、いろんな状況に対応できるようなメニューを用意している(これをホームドアでは「6つのチャレンジ」と呼んでいる。第4章を参照)

 この中で最も特徴的なのは、仕事の提供だ。

 ホームレスとなったおっちゃんたちのほとんどは、「働きたい」と口にする。住居がないために働き口が見つけられないだけで、意欲は高い。だからといって、どんな仕事でもいいのだろうか。

 おっちゃんにも得意・不得意があるはずだ。

 じゃあ、おっちゃんの得意なことはなんだろう。

 ホームドアで行っている自主事業でもあるシェアサイクルサービス「HUBchari(ハブチャリ)」は、そんな私の問いにおっちゃんが答えた「わし、自転車なおす(修理する)くらいやったらできるで」のひと言から生まれた。

「シェアサイクルを始めて、そのメンテナンスをおっちゃんたちにしてもらう。そうすれば、放置自転車もなくなるのでは」と発想したのだ。

 現在は株式会社ドコモ・バイクシェアと提携して200ヵ所以上のポートで使用できる「ハブチャリ」は、放置自転車とホームレス問題という2つの社会課題を同時に解決するビジネスモデルをつくったとして、後に日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」「30 UNDER 30 JAPAN」(フォーブス誌による日本を変える30歳未満の30人)などの賞をいただいた。

 だが、私にとっては、おっちゃんたちの得意を活かす、尊厳を大切にする事業にできたことが何よりも嬉しい。

 他にもさまざまな選択肢を用意し、最終的には「民間でつくるセーフティネット」を構築し、全国的なモデルケースとなることを目指している。

10代、女性、外国人――コロナ禍でもはや無関係な人はいない

 ここ数年、ホームレス問題に変化の兆しが見られる。

 長らく愛称として使っている「おっちゃん」という言葉ではくくれないくらい、相談者の属性が多様化しているのだ。

 虐待されて家に帰れなくなった10代。

 DV被害で家を飛び出さざるを得なくなった女性。

 職を失い、帰国することもできなくなった外国人労働者。

 他にもさまざまな要因で「家を失って」しまう。特に、私と同い年の女性が相談に来たときには、本当に考えさせられた。

「仕事を探したいけれど、履歴書に書く住所がなくて仕事を見つけられなかったんです。家を借りようと思っても、お金がなくて」

 所持金が32円で、自転車で4時間かけてホームドアまで来てくれた彼女の言葉に、同い年でも生まれる境遇が違うだけで、これほどまでに生きづらくなってしまうのかと思わざるを得なかった。

 この負の連鎖を早く止めるには、やはり「誰もが何度でも、やり直せる社会」をつくる必要がある

 雇用は流動化し、あらゆることが不確実になった現代では、誰もがふとした瞬間に転落してしまう可能性を持っている。

 もしそうなっても、再挑戦が簡単にできるようなセーフティネットがあれば、日本社会全体にも活力をもたらすに違いない

 ホームドアを巣立ち、イキイキと働く人たちの表情を見ていると、そんなふうに確信している。

「安心して失敗できる社会」をつくる

 本書は、ホームレス問題という大きすぎる問題に直面した私が、苦しみ、もがき、あがいてきたおっちゃんとの15年を振り返ったものだ。

 夜回りでビビったり、学生起業したものの仲間を失ったり、おっちゃんとの間にいろんな事件が起こったりと、私自身もまた、何度も失敗しては、その都度いろんな方の支えがあって――時にはおっちゃんに飲み屋で慰められて――再挑戦を繰り返してきた。

「とりあえず、あそこに行けばなんとかなる。たったひとつでもそんな場所があれば、この問題は解決できるかもしれない」

 今は、10代の頃に思い描いた夢に少しは近づいたのかな、と思う。

 この本が、挑戦に躊躇する人たちの支えになり、それにより世の中に新しい選択肢が生まれてくることを祈って。