冬本番を迎えますが、みなさんは今年のインフルエンザワクチンの接種は受けられましたか? 過去80年間、多くの国がインフルエンザワクチンの製造に鶏卵を使用しています。インフルエンザワクチンの製造方法とともに、第三相臨床試験までたどり着いた新型コロナウイルスのワクチン候補について紹介していきます。

インフルエンザワクチンと、第三臨床試験まで進んだ新型コロナウイルスのワクチン候補インフルエンザワクチン接種(2020年、出典:米CDC、写真提供者:Lauren Bishop)

インフルエンザワクチン製造に1億6000万個の卵を使用

インフルエンザワクチンと、第三臨床試験まで進んだ新型コロナウイルスのワクチン候補大西睦子(おおにし・むつこ)
内科医師
米ボストン在住、医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員。著書に、「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側」(ダイヤモンド社)、「『カロリーゼロ』はかえって太る!」(講談社+α新書)、「健康でいたければ『それ』は食べるな」(朝日新聞出版)。

インフルエンザのワクチンは、鶏の卵にインフルエンザウイルスを注入して、ウイルスを培養し増やして製造(ふ化鶏卵培養法)されます。CDCによると、米ワクチンメーカーは2020~2021年のシーズンに、1億9400万~1億9800万回分のインフルエンザワクチンを供給することを予測しています。そのうち約82%が、このふ化鶏卵培養法を利用しています。

CNNによると、米全土の秘密の農場で、鶏が貴重な卵を産んでいますが、国家安全保障の問題上非公開なので、鶏が米国のどこで飼育されているかを知る人はほとんどいません。1つの卵で1回分のワクチンをつくるので、米国では今年のインフルエンザシーズンだけで1億6000万個の卵を使用した可能性があります(※1:参考文献は記事末にまとめて掲載)。

さて、世界100ヵ国以上の100を超える国立インフルエンザ研究所は、インフルエンザの年間調査を実施しています。それぞれの研究所は、代表的なインフルエンザウイルスの数千もの患者サンプルを調査し、5つのWHOのインフルエンザ研究センター(米CDC、英フランシス・クリック研究所、豪ビクトリア感染症研究所、日本の国立感染症研究所、中国の国立ウイルス病予防研究所)に送ります。

WHOは年に2回、インフルエンザワクチンの研究結果を確認し、その年のインフルエンザワクチンの対象となる特定のウイルス(通常3つまたは4つ)を推奨します。最終的に、各国でどのウイルスをワクチンにするか決定を下します。

決定されたウイルスを、受精した鶏卵に注入し、そこで数日間培養、複製させます。その後、科学者は卵からウイルスを含む液体を回収します。そしてウイルスを不活化させて、抗原を精製します。CDCによると、卵が到着してから、ワクチンが公に入手可能になるまでには、少なくとも6ヵ月かかります。

日本のインフルエンザワクチンも、同じように卵を使って精製されます。厚生労働省によると、今シーズンのインフルエンザワクチンの供給量は、約3178万本(成人量では6356万回分に相当)と見込まれます(※2)。

ちなみに、卵は新型コロナウイルスのワクチンに使えるのでしょうか?

CNNに香港大学臨床病理学教授ジョン・ニコルズ博士は「受容体やその他の特徴が異なるため、インフルエンザウイルスのように卵の中でウイルスが複製できない」と語ります。また、すぐに利用できる鶏や卵はそれほど多くありません。

さて、1970年代は遺伝子工学の時代。実験技術の進歩が幕を開けました。そして1980年代、最初の組換えタンパク質ワクチンであるB型肝炎ワクチンが開発されました。ワクチン抗原は、ウイルスタンパク質の遺伝子を組み込んだ酵母細胞によって産生されるB型肝炎ウイルスタンパク質です。ヒトパピローマウイルス(HPV)感染を予防するワクチンも、組換えタンパク質抗原を使って作られます(※3)。

新型コロナウイルスのワクチンの開発

2020年3月6日、ホワイトハウスの記者会見で、米メディアABCニュースの記者、ジョン・カール氏は、「誰もが利用できるワクチンがでる前に、この国は本当に通常に戻りますか。ワクチンなしでどうやって制限を解除し始めるのですか」と尋ねました。米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のファウチ所長は「米国は、特にワクチンなしでは、新型コロナウイルスが流行する前の状況には戻れません」「治療薬が登場し、しばらくして良いワクチンが手に入り、今の状態に戻る必要がなくなることを確信しています」と述べました。

現時点で臨床試験を終えて、米食品医薬品局(FDA)の承認を受けたワクチンはありません。通常ワクチン研究には何年もかかります。現在、記録的な速さでワクチンの開発が進んでいますが、それでもファウチ所長は、ワクチンの開発には少なくとも1年~1年半かかると予測しています。「少なくとも」というのは、開発のプロセスで、副作用、投与の問題、また製造上の問題などにより遅れを引き起こす可能性があるためです。

新型コロナウイルスのワクチンの開発は、従来の方法を用いたものから、最新の技術を用いたものまでさまざまです。2020年11月3日のWHOの報告によると、現在、世界で47の候補ワクチンが臨床試験、155の候補ワクチンが前臨床試験(ワクチンを細胞、マウスやサルなどの動物に投与し、免疫反応が生じるかどうかを確認する)の段階です(※4)。

2020年9月の米医師会雑誌(JAMA)は、現在のワクチンは、タンパク質ベースまたは遺伝子ベースの2つに分類されると説明します(※5)。

タンパク質ベースのワクチンは、不活化ワクチン、サブユニットワクチン、組換えタンパク質ワクチンのように、ウイルスの一部である抗原タンパク質を精製して、体に接種し免疫反応を起こします。

一方、遺伝子ベースのワクチン(ウイルスベクター、DNA、およびmRNAワクチン)は、体が抗原を作るように遺伝的に指示します。つまり、ワクチンを接種すると、体が抗原タンパク質をつくり、それに対して免疫反応が起こります。これは、より厳密に自然感染をまねします。ちなみに、この方法は、まったくなじみのないものではありません。弱毒生ワクチンに使う弱毒化したウイルスを接種すると、体内でウイルスが大量に作られ、免疫反応を引き出します。

ところで、コロナウイルスは球形で、表面から突き出たスパイクがあり、外観は王冠に似ています。そのスパイクは人間の細胞に結合し、ウイルスが侵入できるようになります。新型コロナウイルスワクチンの目的の抗原は、この表面スパイクタンパク質です。ペンシルベニア大学ワクチン学教授ポール・オフィット博士は、遺伝子ベースのワクチンについてJAMAに、「タンパク質を投与しているのではない。体に、スパイクタンパク質を作る方法を指示する遺伝物質を投与する。それに対してうまくいけば、感染を予防する抗体が反応するはずだ」と語ります。

第3相臨床試験にたどり着いたワクチン候補

臨床試験には次の3つの段階があります。

・第1相臨床試験:少数の健康な成人のボランティアにワクチンを投与し、安全性と投与量、免疫系を刺激するかどうかを調べます。
・第2相臨床試験:何百人ものボランティアにワクチンを投与し、安全性、投与量や免疫系への刺激について引き続き調べます。さらに、子どもや高齢者などによって、ワクチンの効き目が異なるかどうか確認します。
・第3相臨床試験:ワクチンの効果を調べるために、何千人ものボランティアにワクチンを投与し、プラセボ(疑似薬)を投与したボランティアと比べて、どれだけの人がウイルスに感染するか比較します。ボランティアは、感染が流行している地域に住んでいる人が対象になります。大規模な調査ですので、まれな副作用をみつけることもできます。

現在、第3相臨床試験にたどり着いた、主なワクチンは以下です。

●mRNAワクチン

病原体のウイルスやそのタンパク質を使う代わりに、ウイルスのタンパク質を作るメッセンジャーRNA(mRNA)に焦点を当てています。DNA上の遺伝情報は、まずmRNAへコピーされ、mRNAの情報をもとにタンパク質が作られます。つまり、mRNAワクチンを投与すると、体内でウイルスのタンパク質を作り、それに対する抗体を産生し、感染と戦うことができます。

これまでmRNAは大規模な試験を行ったことはなく、臨床的に証明されていません。また、mRNAは、急速凍結しないと崩壊します。ワクチンの投与まで、マイナス80度に保存する必要があります。冷凍庫がない施設ではワクチンが保管できません。

1)mRNA-1273:マサチューセッツ州ケンブリッジのバイオテック企業モデルナ(Moderna)と米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)との共同研究。2020年7月27日に第3相臨床試験が始まりました。全米の約89の地域で3万人の健康なボランティアを登録しています。今後、多くのボランティアが新型コロナウイルスに感染するまで待ち、そのうち何人がワクチン接種を受けたか確認します。確認に必要な数に達するには、2020年の年末、または2021年の初めまでかかる予定です。

2020年1月に、モデルナがワクチンの開発を開始し、それ以来、米政府は10億ドル近くの資金援助をしています。さらに8月11日、米政府は、ワクチンが安全で効果的であることが証明されれば、1億回分のワクチンを供給するために15億ドルを授与することを発表しました。カナダは9月に2000万回分のワクチンを取得することに合意しました。投与は2回で、2回目は最初の投与後、28日目です(※6)。

2)BNT162b2:ニューヨークを拠点とする大手製薬会社ファイザーとドイツのバイオテック企業バイオエヌテック(BioNTech)の共同研究。

7月27日、米国およびアルゼンチン、ブラジル、ドイツ、その他の国で3万人のボランティアを対象とした第2/3相臨床試験が始まりました。さらに9月12日、米国での試験を4万3000人に拡大することを発表しました。その後米政府は、12月までに1億回分のワクチンを供給するために19億ドルを授与しました。日本には1億2000万回分のワクチン、欧州連合には2億回分のワクチンの供給することに合意しています。承認されれば、ファイザーは2021年末までに世界中に、13億回分以上のワクチンを提供する予定です。投与は2回で、2回目は最初の投与後、28日目です(※7)。

●アデノウイルスベクターワクチン

アデノウイルスベクターワクチンは、弱毒性のウイルスベクター(運び手)と呼ばれる遺伝子操作されたウイルスに、病気の抗原タンパク質の遺伝子(ここではスパイクタンパク質の遺伝子)を組み込んでワクチンを作ります。アデノウイルスは、一般的な風邪の原因となるウイルスで害は少なく、さらに体内で増えないように無害化されています。

1)中国のバイオテック企業カンシノ・バイオロジクス(CanSino Biologicals)は、中国軍事医学研究院の生物学研究所と共同で、ヒトのアデノウイルス5型をベースにしたアデノウイルスベクターを用いたワクチン開発しました。前例のない動きで、臨床試験を終える前に、中国軍は6月25日にワクチンを「特別に必要な薬」として1年間承認しました。また8月から、サウジアラビア、パキスタン、ロシアなど、多くの国で第3相臨床試験を開始しています。投与は1回のみです(※8)。

2)スプートニクV:ロシアの保健省の「ガマレヤ研究所」は、6月にGam-Covid-Vacと呼ばれるワクチンの臨床試験を開始しました。これは、2つのアデノウイルスを組み合わせて、遺伝子操作したワクチンです。8月11日、プーチン大統領は、第3相臨床試験が始まる前に、ロシアの医療規制当局がワクチンを承認し、スプートニクVと改名したと発表しました。投与は2回で、2回目は最初の投与後、21日目です(※9)。

3)Ad26.COV2.S:2020年9月23日、米ボストンにあるハーバード大学医学部の教育病院のベス・イスラエル病院と、米ニュージャージー州ニューブランズウィックを拠点とする大手製薬ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が開発した、アデノウイルス26型(Ad26)をベクターとして利用するワクチンは、大規模な臨床試験を始めました。地元紙によると、研究者らは、ボストンを含む最大215の研究サイトの米国と、メキシコ、南アメリカ、アフリカ、アジア、ヨーロッパの病院やクリニックで最大6万人のボランティアを登録してワクチンの投与を始めます。3月に米国政府から4億5600万ドルの支援を受けています。8月、連邦政府は、ワクチンが承認された場合、1億回分の投与に対して10億ドルを支払うことに合意しました。同社は2021年に少なくとも10億回分の生産を目指しています。投与は1回のみです。

10月12日、J&Jは、ボランティアの有害事象を調査するために試験を一時停止すると発表しました。その後、ワクチンとの関連性がないことが判明し、10月23日に試験再開の準備が始まりました(※10)。

4)AZD1222:英国とスウェーデンの大手製薬アストラゼネカと英オックスフォード大学が開発中のワクチンは、ChAdOx1と呼ばれるチンパンジーのアデノウイルスを使っています。サルに関する研究では、ワクチンがサルを保護することがわかりました。5月、米政府は12億ドルの支援を授与しました。ワクチンは、英国とインドで第2/3臨床試験、ブラジル、南アフリカ、および米国で第3相臨床試験が始まっています。

8月、欧州連合は、試験で効果があれば、アストラゼネカが4億回分のワクチンを供給することに合意しました。日本では厚生労働省が8月に、1億2000万回分の供給を受けることに合意しました。同社は、承認された場合、20億回の投与量を製造できると述べています。

9月6日、アストラゼネカは、臨床試験中、横断性脊髄炎が発症した1人のボランティアを調査するために、世界的にワクチンの試験を中止しました。その後、英国、日本、米国、ブラジル、南アフリカの規制当局がワクチンの安全性を確認し、世界中で試験が再開されました(※11)。

以上、ものすごい勢いでワクチンの開発が進んでいますが、世界には、第3相臨床試験を終えて、安全性と有効性を証明したワクチンはありません。

ところが、中国とロシアは、新型コロナウイルスのワクチンの臨床試験を終える前に、すでに多くの人へワクチン接種を始めています。