キッコーマン
関連ニュース
明治HDが、巣ごもり需要拡大でも四半期売上高「微減」に陥った複雑な事情
ダイヤモンド・アナリティクスチーム,笠原里穂
コロナ禍からの企業業績の回復は、勝ち組と負け組の格差が拡大して「K字型」に引き裂かれていくという二極化の議論が強まっている。そこで、上場企業が発表した直近四半期の決算における売上高を前年同期と比べ、各業界の主要企業が置かれた状況を分析した。今回はJT、明治ホールディングスなどの「食品/嗜好品」業界4社について解説する。

明治の菓子事業が「おうち時間増加」でも6%超減収した2つの理由
ダイヤモンド・アナリティクスチーム,笠原里穂
コロナ禍からの企業業績の回復は、勝ち組と負け組の格差が拡大して「K字型」に引き裂かれていくという二極化の議論が強まっている。そこで、上場企業が発表した直近四半期の決算における売上高を前年同期と比べ、各業界の主要企業が置かれた状況を分析した。今回は、JT、味の素など食品/嗜好品業界の主要企業4社について解説する。

#9
慶應三田会「最高幹部」評議員97人の老人支配、血脈優先の閉鎖サークル
ダイヤモンド編集部,浅島亮子
慶應義塾には他の私学にはない特徴がある。慶應OBなどで構成される「評議員会」が最高意思決定機関であることだ。評議員にはビジネス界の大物が名を連ね、大学職員は少数派だ。だが近年、評議員会の機能不全が塾員内部からも指摘されるようになっている。慶應三田会「奥の院」の実態を追った。

キリン、ビールシェアで11年ぶりにアサヒを抜くも業界は「疲弊の一途」
ダイヤモンド編集部,山本興陽
キリンビールが、2020年1~6月のビール類のシェアで11年ぶりにアサヒビールを抜きトップに立った。熾烈なシェア争いにビール業界はまい進するものの、コロナ禍で業界は疲弊の一途だ。

#7
コロナ禍の影響大!「米国依存度が高い」企業ランキング全60社
ダイヤモンド編集部
日本政府は4月7日、新型コロナウイルス対策として緊急事態宣言を発令した。これから感染防止目的で経済活動が制限され、欧米各国に似た状況に突入する。特に米国は非常に厳しい制限策を実施中。日本の事態急転で忘れがちだが、米国のロックダウンが日本経済に与える影響は軽視できない。米国の新型コロナパニックで業績に大打撃を被りそうな企業60社を一挙公開する。

#5
キッコーマン社長が語る、トップシェアを独走し続ける「王者の戦い方」
ダイヤモンド編集部,山本興陽
縮小を続ける国内のしょうゆ市場。しょうゆメーカーの数はこの30年間で半減した。「キッコーマン=しょうゆ」のイメージが強過ぎることを危惧する堀切功章社長に、今後の生存戦略を聞いた。

#4
キッコーマンが利益の7割を稼ぐ海外事業、他社がうらやむ高収益の秘密
ダイヤモンド編集部,山本興陽
キッコーマンの営業利益の7割超を稼ぎ出すのが、海外事業だ。国内食品事業の営業利益率6%に対し、海外食品事業は同20%と超高収益体質だ。その裏側に迫った。

#3
キッコーマン、豆乳シェア50%超の裏にある「異端のマーケティング術」
ダイヤモンド編集部,山本興陽
拡大を続ける豆乳市場で、50%超のシェアをたたき出すキッコーマン。躍進の裏には“奇妙”な味の豆乳を連発する“異端”のマーケティング戦略が存在した。

#2
キッコーマンがコンビニの「PB商品」をやらずに売り場を確保できる理由
ダイヤモンド編集部,山本興陽
「PBは弱小メーカーが手掛けるもの」という考えは、今は昔。トップメーカーもPBを手掛けざるを得ないケースが増えている。それでもキッコーマンは「しょうゆのPBはやらない」と強気の姿勢を崩さない。

#1
キッコーマンのドンが明かす、同族経営「ボンクラ息子問題」回避の掟
ダイヤモンド編集部,山本興陽
創業103年目にして過去最高益を更新したキッコーマン。同族経営の宿命ともいえる弱点を、キッコーマンは巧みに回避してきた。創業家に伝わる同族経営の弱点を打ち消す“知恵”の秘密を探った。

予告編
キッコーマン、「最強同族経営」が最高益を更新し続ける理由【予告編】
ダイヤモンド編集部,山本興陽
トヨタ自動車やサントリーなど日本を代表する企業であっても、“同族経営”は少なくない。キッコーマンもその一つ。だが、そのスタイルは、一般的な同族企業の“世襲制”とは一線を画す。営業利益に占める海外比率が7割を超え、「千葉の醤油屋」からグローバル企業へと脱皮を遂げた。本特集では、創業103年目を迎えるキッコーマンの同族経営の全貌を解き明かす。

第35回
キッコーマン社長が半世紀前、自信満々に語った「醤油の海外輸出」の可能性
ダイヤモンド編集部,深澤 献
キッコーマンの醤油が初めて米国に渡ったのは、1868(明治元)年の第1回ハワイ移民船に積み込まれたときまでさかのぼる。その後は、米国のみならず、中国大陸や東南アジアに日本人が進出するのに伴い、日系人や在留邦人向けに醤油が輸出された。今回紹介するのは、1966年11月28日号に掲載された茂木啓三郎(1899年8月5日~1993年8月16日)のインタビューだ。
