原井宏明
1日に何十回も手を洗うよう命令される…強迫症を抱える子に振り回される家族の苦悩
こだわりや不安が強すぎて日常生活に支障をきたす強迫症は、家族をも巻き込む病である。我が子の不安を少しでも和らげたいと、何度も手洗いに付き合い、言われるがままに学校を休ませる……。その善意が症状を悪化させ、ひいては家族全体を疲弊させていく。強迫症を40年診てきた医師が、家族が取るべき距離感と支援の方法を教える。※本稿は、精神科医の原井宏明、精神保険福祉士の松浦文香『強迫症とうまくつきあう』(さくら舎)の一部を抜粋・編集したものです。

「無理に学校に行かなくていいよ」は、不登校児を救うのか?精神科医が語る本当の支援とは
「嫌なら無理に学校へ行かなくていい」。寄り添う姿勢が美徳とされる時代に、そんな親が増えている。しかし、その教育方針がすべての子を救うとは限らない。こだわりが強すぎて日常生活に支障をきたす強迫症の子どもにとっては、むしろ逆効果だ。強迫症を40年診てきた精神科医が、不登校児に必要な支援のあり方を語る。※本稿は、精神科医の原井宏明、精神保険福祉士の松浦文香『強迫症とうまくつきあう』(さくら舎)の一部を抜粋・編集したものです。

その「発達障害」の診断、本当に正しい?誤診のせいで、プライドや向上心を踏みにじられる子どもたち
こだわりが強く完璧を求めすぎる子どもが、自閉スペクトラム症(ASD)と診断されることがある。しかし、その子はASDではなく強迫症かもしれない。強迫症の不器用さは治療で改善可能にもかかわらず、誤診のせいでその機会を奪われる子が数多くいる。似た特性を持つ両者を見分ける方法を、強迫症を40年診てきた医師が教える。※本稿は、精神科医の原井宏明、精神保険福祉士の松浦文香『強迫症とうまくつきあう』(さくら舎)の一部を抜粋・編集したものです。

「何かの病気かな…」ネット検索すると不安がさらに高まる当然のワケ
人はなぜ不安になるのか。私たちの多くは、不安になるのは不安にさせる対象があるからだと考えがちだ。しかし、不安に対処することが不安の原因になることもあるという。人間が抱える不安のメカニズムを紐解いていく。

「極楽浄土って本当にあるの?」→親鸞の答えが正直すぎた!
恐怖、不安の感情は、原始の時代において生き残る上で重要な役割を果たした。そして、恐怖を学習することによって私たちの先祖は賢く生存してきたのだという。

盲目の人が手術で視力を回復、自ら命を絶った悲しい理由
心配事は誰もが抱くもの。だとしたら、心配性と不安症の境目はどこにあるのだろうか。医学的には心配事の内容に正常と異常の線引きはないという。精神医学の観点から見た「不安」のメカニズムはどのようなものだろうか。
