「ブラフじゃない、本当のことさ。そもそも着工件数120万戸と言っても、7、8年前には年間160万戸の市場だったんだよ。単純に言えば4分の3にパイが縮まったということさ。日本の住宅会社や我々材木屋の4分の1が潰れてもおかしくないということ。実際、倒産する同業者は数え切れない状況なんだ」
「うちは長年日本向け中心でやってきたんだ。なんとかメルサワの市場だけは残って欲しいね」
リムは顔をしかめて両手を広げた。メルサワとは、南洋木材の樹種名の一つ。フタバガキ科広葉樹の一種で、日本では西日本地区を中心に敷居や窓枠などに使用されている。
「そもそも、敷居のほとんどは和室に使われる。最近の新築の家では、和室も減っているよ。それに、合板に単板を貼った新建材も普及しているから、無垢材の利用は減る一方さ」
幸一が懸命に説明して理解を求めようとするが、リムは皮肉な笑みを顔に貼り付けたままだ。
「とにかく俺は、日本人が伝統を守って和室をいっぱい作り、自然への愛着を忘れず無垢材を使うことに目覚めてくれることを祈るよ」
日本市場の緊迫感を伝えることを諦めて、幸一はリムにペースを合わせた。
「誰に祈るんだ? アラーの神か、それとも仏様かい」
「この際どれでもいいさ。言うことを聞いてくれるなら、シバ神でも構わない」
リムが煙を吐き出しながら笑った。幸一も苦笑いで応えながら今一度試みる。
「何にせよ先行きは暗いな。将来を考えると、今のうちに色々と手を打たないと……」
「おいおい、コーイチは俺をうつ病にさせるために来たのか? さあ、大好きなメルサワの敷居が、早く日本へ行きたいと倉庫で待ってるぞ。検品に行こうじゃないか」
リムは、これ以上話しても日本の不景気自慢を聞かされるばかりで、値段交渉のマイナスにしかならないと悟って話を打ち切り、席を立った。幸一も先ほど取り出した検品道具を手にして事務所から出て行くリムの後ろに従う。
ジャングルを切り拓いて建てられた工場は、製材機などの重量がある機械を設置している場所だけがコンクリートで舗装してあり、それ以外は黒い地表が剥き出しになったままである。
幸一が周囲を見渡すと、敷地内の木材土場には太細長短さまざまな南洋材丸太が数十本転がっており、工場内から騒音を撒き散らしている製材機の餌食になるのを待っていた。これらも近くのジャングルから伐り出されてきたのだろう。目線を上げると、まるで油彩画のようにべったりと濃緑色に塗られたジャングルが見える。
リムと並んで倉庫へと足を踏み入れた。倉庫といっても、一定間隔に据えられた太い丸太を柱として5メートルほどの高さにトタンの屋根が葺かれた、壁などない吹き曝しの簡単な作りだ。
お蔭で昼間は陽光が十分に入るので明るい。雨さえしのげれば十分役割を果たすという訳で、平らに整地されてはいるが、もちろんここも舗装などされていない。