リムに促されてミシミシと音がする使い古された籐製の椅子に腰掛けた。

 マレーシアの公用語は当然マレー語だが、イギリスの植民地であったことと多民族国家であることの効用で、ほとんどの人がある程度の英語を話せる。従って、ビジネスにおいては英語を使うことが主流だ。

 しかし、この青年、山中幸一は、マレー半島の南端にある小さな島、南洋の先進国シンガポールで教育を受けていたので、英語はもちろんのこと、マンダリン(中国語:北京語)や片言のマレー語も扱えるので、どのような場面でも不自由することはなかった。

 1980年生まれの彼は、まだ25歳。名古屋にある三栄木材株式会社のマレーシア駐在嘱託社員としてこの仕事を始めて3年になる。リムのデスクに置いたアタッシュケースを開いて、中からオーダーシートの書類綴りとスチールメジャー、それに掌に入るコンパクトサイズの含水計(木材の水分含有率を計測する機器)を取り出した。

「検品の準備は……」

「ばっちりさ、倉庫に並べてある。しかし、ロングドライブで疲れているだろう、少し休んでからにしないか」

 先ほどの事務員のおばちゃんが練乳の入った甘いコーヒーを持ってきてくれたので、とりあえず口を湿らせて一服することにした。このLIM AND SONS SAWMILL は、その名の通り父親が創業し息子のリムが引き継いだ、華僑のファミリービジネスだ。

「日本のマーケットはどうだい?」

 リムが挨拶代わりに尋ねる。

「悪いね。バブル崩壊以降、日本の経済構造自体が変わってしまったからね。リストラや給料の目減りが怖くて、みんな長いローンを組んで家を建てる勇気がないんだよ」

「でも、日本の住宅着工件数は、5年ぶりに120万戸に届く勢いだそうじゃないか」

 さすがに彼はよく勉強している。

「一部の金持ちや土地を持っている人達が、アパートやマンションを建てているからだよ。これも、経済や金融市場の先行きに不安があるから、目に見える資産を持っておきたいという願望につけこんだ業者が作り出した需要だよ。他に伸びているのは、安いことを売り物にした住宅メーカーだね。いずれにしても、材木屋や資材屋が儲からない構造不況さ」

 リムは胸ポケットから取り出した煙草を咥えながらニヤリと歯を見せた。

「コーイチもなかなかのビジネスマンになったな、値段交渉の前にジャブを打つとは……」