ナイトクラブの個室で2時間ほど飲んで唄った一行は、上機嫌で店から出てきた。
隆嗣は、いつか中国の友人が言った言葉を思い出した……(日本人ビジネスマンは面白い人種だ。陽が昇っているあいだは非常に聡明でコストに厳しいことばかり言うくせに、陽が沈むと愚かになり、財布の紐もすぐ緩むようになる)。
隆嗣とレイカは、店の前で客待ち待機していたタクシー3台にカップルごと分乗させて、ホテルへ戻って行くのを手を振って見送った。路上に人影は少なく、背後で光っている『クラブ・ひまわり』と日本語で書かれた電飾の看板が、却って喧騒後の寂しさを感じさせる。
「さすがに夜は冷え込むわね、もう少し飲んでいったらどう? なんなら、私の部屋へ来てくれてもいいのよ」
どこまで本気で言っているのか分からないが、隆嗣はとてもそんな気分になれない。
「いや、帰るよ」
「じゃあ、タクシーを呼ぶから中で待ってて」
「歩いて戻る」
「え、ホテルまで30分はかかるわよ」
首を傾げてこちらへ顔を向けるレイカと視線を合わせることなく、隆嗣は眼の前にあるアカシアの樹幹をぼんやり見ながら答えた。
「そんな気分なんだ」
「すぐにタクシーを呼ぶから、ね」
彼女の言葉に構うことなく、隆嗣はそのまま歩き出した。
「ありがとう、また来て頂戴ね」
背後から聞こえてくる彼女の声に手を上げて応え、隆嗣は街路樹の下をゆっくりと進んだ。街灯に白い吐息が照らされ、ジャケットの前を閉じる。
「まるで女衒だな」
一言呟いて空を見上げた。夜中でも明るい大連の街中からでは、星は見えない。建物に挟まれた路地からは、ただ細長い漆黒の帯が見えるだけだった。心の中で呟きは続く。
(こんな俺を見たら、立芳はなんと言うだろうか……)
重い足取りで暗い回廊を歩き続けた。
(つづく)