二人は各々の部屋で一旦休息をとり、日本時間の午後8時、ここでの7時に、再びネクタイを締め直し、巨大な吹き抜けを見下ろせるガラス張りのエレベーターに乗って階下へ降りた。岩本と肩を並べてロビーへ歩いて行くと、ソファに座っていた男性がゆっくりとこちらへ近付いて来る。横で岩本が片手を上げて応じた。

 彼がそのフィクサーなのか、二人を出迎えた男はダウンジャケットにジーンズというラフな格好だった。イメージしていた厳しい容貌とは違って、若々しく優男のような印象に、幸一は驚きを隠せない。

「ようこそ上海へ」

 お辞儀の一つもなく呼び掛ける男に、岩本はそれがいつも通りとばかりに笑顔で応じた。

「今回も色々とご面倒をおかけします。彼が、大連に駐在してもらう山中幸一君です」

「よろしくお願いします」

 岩本の紹介を受け、幸一が右手を差し出した。握手に応じた隆嗣の掌からは、握力も温もりも伝わってこない。幸一に対する興味の薄さが感じられた。

 一行は、ワインレッドのワゴン車に乗って世紀大道を走った。グランドハイアットホテルが入っている88階建ての金茂ビルを始めとする、造形に意趣を加味した近代的高層ビル群が左右に広がる。車は黄浦江の浦東側河畔に建つ巨大なショッピングセンター、『正大広場』の前で停まった。

 5階にある黄浦江を見下ろす眺望の中華料理店に入り、予約しておいた窓際のテーブルに落ち着いた。柔らかい絨毯と濃紅色の古典的中国風調度に装われた広い店内は贅沢で、卓上の食器も仄かな照明の明かりさえ照り返すほど磨かれている。

「どうだい山中君、上海はイメージしていた以上の大都会だろう?」

 まるで自分の街であるかのように岩本が自慢する。

「そうですね、本当に驚いています」

「私は、この浦東の街を見るたびに、鉄腕アトムを思い出すんだ」

「鉄腕アトム、ですか……?」

「そう、あの漫画に出てくる未来都市の風景が、ここに現出しているような気がするんだ」

 そんな話をよそに、隆嗣は流暢な中国語で細々と店員へオーダーをしている。