「あれが、テレビによく出て来る上海バンド(外灘)の光景ですね」
窓越しに見える黄浦江の対岸、ライトアップされて威容と歴史を顕示する古の欧風建築群を眺めながら幸一が声を上げた。上海の観光資源と化した、美しい光景だ。
「そう、租界地の跡だ」
岩本の声に反応した隆嗣が対岸の外灘公園を一瞥した、その頬には侮蔑を込めたような冷たい翳が滲んでいる。
幸一は不気味な印象を覚えた。自分を見詰める幸一の視線に気付いた隆嗣は、ひとつ咳払いをして事務的に語り出した。
「先に仕事の話をしておきましょう。明日午後の便で、大連へ向かいます」
「ご連絡頂いた予定通りということですね。それで、瑞豊木業さんのほうは……」
岩本が上目遣いで応じる。
「東洋ハウス仕様の生産を、いつでも開始できるよう準備を整えています、山中君の赴任を待っていますよ。品質の確認さえしてもらえれば、来月からでも10コンテナ出荷できる体制です。アカ松の材料も、すでにこの先半年は賄えるだけロシアから入荷しています」
岩本と隆嗣が打ち合わせをする横で幸一は、初対面からすでに『君』呼びかと、隆嗣に対して微かな反発心を覚えた。もちろん顔には出さず、神妙に二人の話を聞く態でいる。
「それで、山中君の住まいの手配は?」
「劉清義がすべて用意してくれています。大連市内に1LDKの部屋を確保しましたが、これも彼の不動産会社が所有している物件ですから、形だけの安い賃料でオーケイです。そこにファックスとパソコンを置けば、すぐにでも仕事に取り掛かれるでしょう。駅に近いところですから、通勤にも便利ですよ。経済開発区にある瑞豊木業も駅に近いから、快速電車で通うことができます」
隆嗣の隙のない話し振りに、岩本は頷きながら要点だけを問い質す。
「それでは、車も必要ありませんか?」
「ええ。路上を見てお分かりでしょう、この国では交通マナーなどなくて、強引な割り込みやクラクションが絶えない。自分で車の運転をするのはリスクが大きいですし、運転手まで雇っていてはコストに合いません。大連の街中にもタクシーは多いし、料金も安いから不便はないでしょう」
(つづく)