(2006年6月、鄭州)

 内陸部に位置する河南省の省都、鄭州市にある老舗の高級ホテル中州皇冠假日賓館で、幸一は年寄りに付き合って6時半という早い時間から1階の朝食ビュッフェ会場に座っていた。相手の老人は三栄木材会長、つまり岩本社長の父である岩本栄三だ。

 10日ほど前、瑞豊木業公司の工場から住居兼事務所である大連市内のマンションに戻った幸一が、今夜の夕食は外で済ませようと決めて、腹が空くまでの時間を潰すために椅子に腰掛けて本を開いていると、携帯電話の音に読書を中断された。

 幸一は、大連の街中で買った中国語版の『資本論』をテーブルに伏せて電話に出た。それは社長である岩本精一郎からの国際電話だった。

(山中君、会長が中国へ出張すると言い出だしてね。すまないが、相手をしてくれないか?)

「ええ、もちろんです。大連にいらっしゃるんですか?」

(実は、昔から付き合いのある銘木屋さんから、桐の厚板を探して欲しいと頼まれていたんだ……。正直言うと、私は無視していた。銘木仕事なんて斜陽だし、先方の与信も問題があってね。ところが親父の、会長の耳に話が入ったもんで、誰もやらないんなら俺がやると、その気になってしまって……。暇を持て余していたので、中国行きの口実が出来てはしゃいでいるのさ)

「それでは、桐のサプライヤーを探さなければいけませんね」

(いや、すでに伊藤さんにお願いしてある。河南省の鄭州に、心当たりの会社があるそうだ)

 やはり頼りになるのは伊藤氏なのだ、幸一は軽い嫉妬を覚えた。

「スケジュールは……」

(大連に入って君と合流してから、鄭州へ行ってもらうつもりだ。帰りは上海から戻る予定で、4、5日間ぐらいになるかな。君の仕事の都合はどうだい?)

「工場の人間たちもこちらの要望はほぼ理解できていますし、材料も問題ありません。それくらいなら、私が工場を離れても大丈夫でしょう」

(秋需に備えて、東洋ハウスさんも材料の積み増しを考えている。7月8月には、2割増しの12コンテナは欲しいと言っているが……)

「十分対応できる範囲と思います。ご安心ください」

(わかった。それじゃあ、よろしく頼むよ)