彼が去ってからも、岩本会長は丸太を相手に嬉しげに格闘を続けた。結局、コブや腐れ材を除く120本ほどの丸太にマーキングを済ませ、汗を拭きながら声を上げた。
「こんなもんだろう」
「そうですね。製材すれば、丁度20フィートコンテナ1本分位になると思います」
幸一も、ハンカチで首を擦った。
事務所へ戻ろうと大きな工場上屋の脇を歩いていると、頑丈な鉄扉がわずかに開いていて、その隙間からモルダー(四面鉋機械)の低く唸るモーター音に混じって女性の大きな声が聞こえてきた。
「不行不行(だめだめ)、……もう、どうして判ってくれないのよ。ウイ・キャンノット・アクセプト・ライク・ディス」
中国語、日本語、それに英語まで交えた懸命な声音に、幸一と岩本会長は好奇心を湧かせて鉄扉のほうへと目を向けた。人一人が通れるほどの隙間から覗くと、そこでは沙総経理が桐の板を数枚持って指差しながらなにか説明をしていた。
その相手は、ジーンズにノースリーブのシャツという、まるでリゾート地にいるかのような日本人女性だった。肩までの短めの髪は快活さを想像させたが、小顔の整った顔立ちはやや紅潮している。
「もう、何て言っているのよ」
沙総経理の早口でまくし立てる河南訛り中国語が十分に理解できないようで、女性は眉をしかめたまま両手を広げる。鉄扉の脇で、岩本会長が頬を緩めて幸一の背中を軽く叩いた。
「通訳してあげなさい」
岩本の許可が得られたのを幸いに、幸一は工場の中へ入って行った。
「有問題嗎(何か問題でも)?」
問い掛ける声に振り返った沙総経理は、幸一へ救いを求めた。
「すまないが、ちょっと通訳してくれないか」
「どうしたんですか?」
女性に向き直って幸一が尋ねると、彼女は「ふぅ」とひとつ溜め息を吐いた。
「なんだ、通訳の人がいたの。早く来てくれればよかったのに……。とにかく、こんなに赤や黄色に変色した板を使われては、引き取ることは出来ません」
沙総経理の手元にある桐の羽目板を指差して、強い口調で主張する。