延安路へ出るために江蘇路を南へ向かって歩いていると、商店が途切れて少し薄暗い空間へ入り込んだ。すると、道端に座っていた二つの影が立ち上がってゆっくりとこちらへ近づいて来る。

 まだ10代かと思える男女で、身に纏っているのは単色の飾り気がない衣服、いかにも田舎者の風体だ。上目遣いをしながら歩み寄ってきたが、先頭の隆嗣に送った視線は撥ね返されたようで、次に幸一へと目を向けてきた。すれ違う寸前、女性の方が意を決した顔で口を開いた。

「あの、すみません」

 丸顔の中の真っ黒な瞳が、すがる思いを滲ませている。よく見ると、化粧のかけらもないその顔は、まだ高校生くらいの年頃かと思われた。

「なんだい?」何らかのアプローチが来そうだと覚悟していた幸一は、平静を装った。

「私たち姉弟は、仕事を求めて田舎から出てきたんです。でも、仕事の当ても見つからず、泊まるところもなくて……」

 早口で話す幼い女性を落ち着かせるように、幸一はゆっくりとした口調で問い返した。

「どこから出て来たんだい?」

「安徽省の宿州です。上海に行けば何とかなる、そう思って家を飛び出してきたんです」

 懸命に訴える少女の横で、弟は俯いたままじっとしている。幸一の傍らでは、慶子が不安げな顔のまま自分が口を挟むべきか否か悩んでいるような顔をしていた。

「こんなビルばかりの街で、どうしたらいいのか判らないうちに、持ってきたお金もなくなってしまって。私たちには上海は向いていない、故郷へ帰ろうと決めたんですが……」

「帰るお金もない、ということか」

 幸一の言葉にこくりと頷いた少女の目には、涙が浮かんでいる。幸一はズボンの尻ポケットから財布を取り出し、赤い100元札を2枚取り出して少女の手に握らせた。

「これで帰れるだろう」

 そう言って少女の顔を見ないようにしながら慶子を促し、農村の姉弟の脇を通り抜けた。その背中に、少女が涙声で「謝謝、謝謝」と叫びに近い声を上げている。

 5メートルばかり先で、隆嗣が咥え煙草のままで待っている姿を認め、幸一はささやかな自己満足が吹き飛んで瞬時に気持ちが塞がった。どんな皮肉を言われることかと身構える。

「甘いな。おやさしい日本人か」

 予想通り浴びせ掛けられた言葉に、幸一は投げやりな言い方で返した。

「こんな性分ですから、仕方ありません」