視察を終えて徐州市街地に入ったワゴン車は、街の中心である徐州駅近くに30階建ての威容を誇っている嘉利国際酒店(ホテル)の玄関口に到着した。経貿委員会の男を車と一緒に帰らせた李傑は、隆嗣と幸一をホテル内へと案内した。
心が急いているのだろう。チェックインも後回しにして李傑がラウンジに誘い、肘掛け付き椅子の柔らかいクッションに腰を落ち着ける暇も与えないうちから問い掛けてきた。
「今夜は、副市長と中共の書記、それに銀行の支店長たちとの夕食をセッティングしている。できれば、先に君の考えを聞いておきたいんだが……」
隆嗣は、李傑を焦らすようにあえて考え込む素振りを見せてから口を開いた。
「高教授に、最低限必要な設備をピックアップしてもらった。丸太から単板を剥く小径木用ロータリーレースはもちろん、LVLの生産に必要なスカーフカッターにスカーフジョインター、単板乾燥用と積層接着用のホットプレス、それに、仕上げに必要なダブルサイザーやリップソー、モルダーも二次加工用に必要だな」
「それで?」李傑が結論を急ごうとする。
「それにフォークリフトも必要だし、ゼロから会社を設立するんだから、事務所の什器や自動車も手当てしなければならない」
そこで言葉を区切り、隆嗣は煙草を咥えて火を点けるまでゆっくり時間をかけた。焦らされた李傑が身を乗り出したまま次の言葉を待っているのを見て、自分には伊藤氏のような真似は出来ないと、幸一は感心していた。
「最新式オートメーションの設備など検討外だ。出来るだけ安いマニュアルの機械を中心に揃え、人海戦術で対応すれば、雇用人員も増やせるだろう。もちろん、新品の機械を買う必要もない。幸か不幸か、潰れた木材工場を色々と知っているから、中古設備を叩いて安く手に入れることも出来そうだ……。それより、君の方はちゃんと根回し出来るのかい?」
李傑が頷く。
「あの工場を、敷地と上屋を現物出資として差し出す。もちろん、市政府が直接出資するという訳にはいかないから、市政府管轄下の投資公司に債権を譲渡するので、その公司との合弁公司を立ち上げてもらうことになる」
「銀行からの融資や金利の便宜は図ってもらえるんだろうな。工場を担保にして資金を回す気はないよ、市政府の保証を付けてもらえるよう、斡旋してくれ」
隆嗣は、遠慮など微塵も見せずに要求を連ねた。
「わかっている。だからこそ、今夜の宴会に銀行屋も呼んでいるんだ。副市長と書記から口添えさせるよ」
李傑は、自分の実力と人脈を誇示することで反撃を試みているようだ。