「あの……この話は、具体的に進んでいたんですね、私は知りませんでした。本社からは、何も聞いていませんでしたが」
この新規事業について、すでに三栄木材と何らかの打ち合わせがなされていたから、今回の視察に自分が呼ばれたのだろう。ここに至るまで自分が蚊帳の外に置かれていたことが面白くない幸一は、拗ねたような声を発した。
しかし、隆嗣は意外な答えを返す。
「知っているはずないだろう。これは、三栄木材とは関係ない事業だ。岩本社長には、100万ドル以上かかる億単位の投資話に乗る度胸はないさ。まあ、LVLが生産されるようになったら、買ってもらうように三栄木材へも売り込むつもりだがね」
驚いた幸一が隆嗣へ目を向けると、こちらを見詰める視線とぶつかった。
「え? 三栄木材の仕事だから、私が呼ばれたと思っていましたが……」
弱々しい幸一の声が聞こえなかったかのように、隆嗣は直線的に尋ねた。
「君は、ポプラLVL事業をどう思う?」
幸一は素直に答えた。
「そうですね……。すでに日本市場では認知され始めていますが、まだまだこれからの商品と言えるでしょう。しかし、植林木を使った素材であるというのは魅力です。環境保護の風潮が高まっている中、この点をアピールしていけば、将来性は高いと思います」
そこまで話してから、幸一は一歩踏み込んでみた。
「それで、どの会社と組んで事業を始めるんですか? 商社ですか、それともメーカー……」
「どことも組むつもりはないよ、私がやるんだ」
幸一はその返事に驚いたが、それ以上に、隆嗣が笑顔で打ち明け話を始めたことに意表を衝かれた。
「日本にも私の会社がある。株式会社イトウトレーディングといって、資金還流の窓口に使っていた貿易会社なんだが、最近はほとんど休眠状態にしていた。その会社からの出資という形で、合弁会社を設立するつもりだ……。私は、上海の株や不動産などの虚業を手仕舞いする。今までずっと変化し続ける中国の中を泳ぎまわってきたが、そろそろ本当の実業を、形あるものを残したくなってね」
立芳のことを諦めたわけではなかったが、彼女を襲った運命を知った隆嗣の中で、何かが変わろうとしていた。そんなことなど知る由もない幸一は、戸惑ったままだった。