「あれですよ」そう言って青年が指差したのは、撮影対象の旧式船から更に30メートルは離れて停泊している鋭角な鉄の船だった。
船首と船尾の2ヶ所に、ビニールシートで雑に覆われた機械が不恰好にはみ出していたが、おそらくそれは機銃なのだろう。しかし、どう見ても10名足らずの乗組員で間に合う小型船に過ぎない。
「あれは、人民解放軍じゃありませんね。解放軍の軍艦なら、こんな一般人が立ち入る場所に停泊するはずがない。おそらく、公安組織の沿岸を見回る警備艇でしょう。しかし……難癖を付けるには、それで十分だったんでしょうね」
「難癖……?」
岩本が意味を問うと、青年が数歩先でこちらを睨み続ける警官をそっと覗き見た。
「彼は、あなたがお持ちのカメラが欲しかったんでしょう。天安門事件以降、カモの外国人観光客が減っていますから、手当たり次第というところですね」
岩本は呆気に取られた。
「それでは、私のカメラが欲しくて、軍艦を撮影したとでっち上げて取り上げようとした、ということなんですか?」
「おそらく、私の考えは当たっているでしょうね」
岩本は困惑した。
「どうすればいいでしょうか?」
対照的に、青年はまるで世間話をするかのように落ち着いて尋ねた。
「こちらへは観光でいらしたのですか?」
「いいえ。仕事です」
「それでは、取引先は国営企業でしょう。どちらの公司か教えていただけませんか」
「上海市木材進出口公司というところです」
「わかりました」