「李傑、もう一つ重要な提案があるんだが」
隆嗣が切り出した。
「総経理の張忠華のことだが、勤務態度に問題があり過ぎる。今の会議でも発言は何も無し、二日酔いの顔でぼんやりされていては困るな。市政府からお飾りとして引き受けたが、これから社運を賭けてフル操業を始めるという時に、あのような経営トップを据えたままでいることは出来ない」
李傑の顔色が変わった。
「忠華をクビにすると言うのか? それは困る。この公司を設立するに当たり、俺が苦労して市政府と折り合いを付けて決めた人事だ。半年も経たずに更迭では、説明がつかないよ」
「もちろん、単に張忠華を追い出して済む話ではないことぐらい判っている。ついては、交換条件として私は董事長から降りて副董事長になろう。君が董事長になってくれ」
思いがけない話に、幸一は黙って成り行きを見ていることしか出来なかった。
李傑は腕組みをして考え込んだ。高級官僚が肩書きに弱いのは、日本も中国も同じだ。市政府への面倒な根回しと、自分の名刺に書かれる肩書きの一つから『副』の字が外れることの、今後のキャリアへの効力を天秤にかけている。
「張忠華は、経済貿易委員会にそれなりのポストを用意して復職させればいいじゃないか」
隆嗣の誘いに、腕組みを解いた李傑がもったいぶった言い方で応じる。
「私は市共産党委員会の常務委員だ。普通ならば民間企業の役職に就くことは難しいのだが、隆嗣の求めに応じて、環境政策推進のためという名分で副董事長を引き受けたんだ。これが董事長に昇格となると、また色々な根回しをしなきゃならんな……。それで、誰を総経理にするつもりだ?」
「山中君だ」
隆嗣の言葉に、李傑よりも幸一の方が驚いてしまった。
「そんな……無理です。総経理の交代は望むところですが、できれば石田さんになっていただくのがベストだと思います」
「もちろん石田さんの能力は高く評価している。しかし、ここは中国だ。この国を理解し、言葉が話せないと通用しないよ。それに、若い会社には若い経営者が必要だ」
隆嗣が、幸一と李傑を見較べながら断定的な言い方をする。
「しかし、若過ぎないか?、山中君は、まだ30歳にもなっていないだろう」
李傑の危惧は収まらないが、隆嗣はここぞとばかりに強弁した。
「だからこそ君にバックアップして欲しいんだ。董事長に就任してもらう理由は、そこにもあるんだよ」
李傑は再び腕組みをして考え込んだ。