会議から2日後、蒸し暑さが増してきた6月の昼下がり、李傑は公用車を避け、タクシーに乗って徐州南郊賓館へやって来た。
いつもの精力的で自信に満ちた表情とは違い、青白い顔色に不機嫌そうな足取りでホテルのロビーに入ると、館内案内図を目で追って行き先を確認した。左右を客室に閉ざされて昼間でも暗い廊下を進み、目的の部屋に着くと、その『213』と記されたドアプレートを睨みつけた。今朝、突然電話を掛けてきた亡霊がいるはずの部屋だ。
李傑はひとつ息を吐き出して怒りと不安を押さえ込み、軽く敲いた。ドアが開き、出迎えた男が手で室内へ入るよう促す。その右手には人差し指がなかった。
「たいそうな出世じゃないか。しかも、隆嗣と合弁事業までやっているとは恐れ入る」
いきなり皮肉な挨拶をぶつけられて、李傑はむっとした。
「何が言いたい」
二つある椅子の一方に腰掛けた祝平が、向かいの席へ座るよう李傑へ目で指示する。
「貴様は政治犯だ。勝手な国内移動は禁止されているはずだぞ」
立ったままで相手を見下ろし反撃を試みた李傑だが、祝平は表情を変えない。
「おいおい、俺が閉じ込められていたのは四川省茂県だぞ。1カ月前の四川大地震で、村も学校も壊滅的打撃を受けた。生きているのが不思議なほどさ……。学校は跡形もない瓦礫になり、犠牲になった教え子もいた」
祝平は目を閉じて天を仰いだ。
「人の運命など分からないものさ。地獄の収容所を生き抜いて、やっと掴んだささやかな生き甲斐も、一瞬にして失ってしまった」
李傑は横を向いて視線を逸らし、膝の震えを悟られないように勢いよく椅子に腰を落とした。
「19年前、貴様の裏切りで多くの仲間が地獄を見た。だが、俺たちは自分の信念で行動を起こしたんだ、後悔はない。しかし、立芳は違った。地震に将来を奪い去られた子供たちと同じだ。望まぬ運命に奪い去られてしまった。子供たちは地震に、そして立芳は貴様に……。あの夜、彼女は貴様に嵌められて巻き添えになってしまった。隆嗣との将来に夢を託していたはずの彼女が、殺されてしまったんだ」
「何を証拠にそんな……」
力ない言葉を返す李傑に、祝平が畳み掛ける。
「冷静になって着実な運動を続けていこうと呼びかけていた彼女を振り切って、俺たちは貴様の口車に乗せられて北京へ、天安門広場へ行くことを決めたんだ。しかし……」
(つづく)