四川省の農村部落にある小さな中学校で、祝平と再会した隆嗣は、旧友の変わり果てた姿に驚く。隆嗣は、立芳を襲った事件のすべてを祝平から聞き、決意を新たにする。一方、祝平は李傑を呼び出し、かつての裏切り行為をネタに100万元を要求した。
川崎産業が倒産したため、慶子とともに日本に帰国した幸一は、慶子の父・洋介の身の回りの整理を手伝っていた。残務整理を気にして身を引こうとする慶子に対し、幸一は自分の思いをぶつけた。
(2008年7月、上海)
浦東新区にある隆栄実業公司オフィス、その奥にある総経理室で、隆嗣は携帯電話を耳に当てていた。
「明日上海へ来るって、なにか急ぎの仕事でもあるのかね?」
(……実は、君に折り入って相談したいことがあるんだ)
李傑の声に、いつもの快活さはなかった。
「なんだい? 老朋友。遠慮なく言ってくれよ」
(公司として、四川震災へ義捐金を出したいんだが)
「それだったら、すでに紅十字(赤十字)へ10万元寄付したじゃないか。震災直後に」
(いや、それとは別に……政府関係からの圧力が強くてね。私の立場もあるんだ)
「隆栄木業公司は、まだ黒字化できていない状態だ。だが、義捐金ということにはやぶさかではない。私のポケットマネーから、新たに10万元を紅十字に寄付しよう」
(いや、そのお……紅十字ではなく、特定の学校への再建費用として、100万元ほど用意しなければならないんだ。オリンピックを控えた今、世界中から注目されているのは震災後の復興状況だし、特に少数民族地域への援助がクローズアップされている。その支援金を集める能力が、共産党内部での今後の出世のために大きな鍵となるんだ)
「わかった。みなまで言わなくてもいいさ。君が党の中で出世することは、我々の事業のためにも重要なことだ。考えておこう、明日上海へ着いたら連絡をくれ」
隆嗣は、窓から見える摩天楼群を見渡した。今までも、大きな商談を成立させた後には、ここからの眺めを堪能して感慨に浸っていたものだ。
しかし、今日のそれは、感慨などと言えるものではない。それに、まだ商談が成立したわけでもなかった。やっと契約交渉に入った段階に過ぎないのだ。
翌日、上海虹橋空港へ着いた李傑をピックアップした隆嗣は、先に昼飯にしようと誘って淮海路の中華レストランへと向かった。二人は窓際の静かな席を確保した。
適当に注文を済ませてから、隆嗣は持参してきた紙袋を無造作に差し出した。受け取った李傑が意外な重量感を感じて中を覗くと、そこには封をしてある赤い100元札の束が幾重にも重なっていた。