翌朝、もうひとつの用件を済ませるために、隆嗣はホテルを出た。そのために宿泊していた京王プラザホテルから目的のビルまでは、歩いて5分とかからない。

 15階でエレベーターを降り、約束の時間2分前であることを確認してから『進藤コンサルティング』と記されたガラスドアを押し開けた。

 パーテーションの前に座る受付けの若い女性へ歩み寄りアポイントメントを伝えようとしたちょうどその時、左手奥のドアが開いて4人の男たちが出てきた。

 みんな立派なスーツに身を包んでいるが、このオフィスの主である進藤の会計士らしい堅い壮年の佇まいを除いた他の3名は、短髪に鋭い眼光で、やや外向きに足を運ぶ歩き方に常人とは違う雰囲気を晒している。決定的なのは先頭で左右に目を配っている体格の良い若い男で、入ってきた隆嗣に敵意の目を向けていた。

「これは伊藤さん、お久しぶりですね」

 進藤が笑顔で語り掛けるのを見て、こいつも我々と同じで『特別な依頼』をしにきた顧客なんだろうと判断した先頭の男は、ようやく警戒を解いたようだ。「それでは、確かに承りました」と言う進藤の言葉を背に、3人の物々しい一団は隆嗣の脇を通り抜けて出て行った。

「さあ、どうぞ」

 進藤に続いて彼のオフィスへ入ると、対面の窓から東京都庁舎の威容が望めた。隆嗣は、この事務所にそぐわない景色だと苦笑いしながら、黒革のソファに腰を沈める。

「6年ぶりかな」

「5年7ヶ月ぶりです。先ほど伊藤さんのファイルを見返したところです」

 会計士らしい性格と口ぶりだが、しかし、彼は普通の会計士ではない。看板にある通りコンサルティングを生業としている。それも、裏のコンサルティングだ。

「中国も民営化と公開が進んだために、国有企業幹部やお役人へ裏金を流す仕事も減ってしまいましたから」

 隆嗣が、無沙汰を言い訳するように説明した。

「確か、収賄で捕まっていた上海市の党書記が、今年実刑判決を受けましたね」

「ええ、懲役18年です。あれは政権闘争の一幕でしょうが、みせしめの側面もありましたね。年々厳しくなっています」

 隆嗣が補足する。

「それで、今回のご依頼は?」

 進藤が本題を促した。