(2008年8月、徐州)
マレーシアから戻った幸一は、結果を聞こうと早速駆けつけてきた李傑と石田を前にして、会議室のテーブルに臨んでいた。
「設備はどうだった?」
期待に満ちた李傑の目を見て、隆嗣の思惑通りなんだと思いつつ、幸一が説明をする。
「問題ありません。思った以上に使用された形跡がない新品同様でした。ただ……」
「ただ、なんだい?」
石田が身を乗り出してくる。
「価格は180万ドルとなりました」
「予算より30万ドルオーバーか、厳しいな」
石田の口元が引き締まる。
「それが、伊藤さんは目先の減価償却は気にしなくていい、長期的経営戦略として自分が責任を負うと仰って、購入を決められました」
石田が腕組みをして考え込む。
「いいじゃないか、隆嗣が経営者として判断したんだ。で、あとの段取りはどうなっているんだ?」
李傑が先を促す。
「はい、イトウトレーディングから、200万ドルを長期融資として日本から送金してくれるそうです。それをもってシンガポールへのL/C開設と、こちらでの設備据付け費用とします。設備は、11月にマレーシアから出荷される予定です」
そこで、幸一が英文書類を李傑へ差し出した。
「これが契約書となっていますので、李さんにサインをお願いします」
「私がサインするのかね?」
李傑が、180万ドルの契約書に目を落とす。
「はい。董事長である李傑さんにサインしてもらうよう、伊藤さんから指示されました」
自分を公司のトップとして立ててくれているんだろう。そう都合よく解釈した李傑は、取り出した万年筆で正副2部に『董事長・李傑』と記して、幸一へ書類を戻した。
腕組みを解いた石田が、自分を叱咤するように発言する。
「決まった以上は仕方ない。伊藤さんが減価償却を考えなくてもいいと言ってくれても、はいそうですかと甘えていたんじゃ、技術者としての名が廃る。コストの見直しをしよう」
年齢を感じさせない前向きの姿勢に、幸一は頼もしさを感じた。石田は、中国へ来てから日に日に若返っているようだ。
打ち合わせを終えた幸一は、事務所の一番奥にある金庫を開けて、ファイルホルダーに挟んだ二つの書類を仕舞った。ひとつは先ほど李傑がサインした契約書副本、正本はマレーシアへ発送する。そしてもうひとつは、隆嗣がチュアに作らせた80万ドルの見積書だ。
これで、自分も手を染めることになってしまった。幸一は自分に覚悟を言い渡した。
(つづく)