高橋 私は小泉さんの時に、竹中(平蔵総務大臣・当時)さんの補佐官をしていて、2006年9月に小泉政権が終わったときに辞めようと思っていたのですが、後を継いだ安倍(晋三元首相)さんから連絡があって、内閣参事官(総理大臣補佐官補)として官邸に残ることになった。安倍さんはもう最初から、この公務員制度改革を意識していたという非常に変わった人だった(笑)。とにかく国の在り方を変えたいという大きなビジョンを持っている人だったから。

 私は安倍政権では、安倍首相、中川秀直自民党政務会長・幹事長のスタッフとして、渡辺大臣就任後は渡辺さんのスタッフとして、公務員制度改革に携わってきました。

 安倍政権のときの最初の担当だった佐田(玄一郎行政改革担当大臣・当時)さんには、荷が重すぎたようだったけれども、ある事件があって佐田さんが辞任して、2006年の12月に渡辺喜美さんが後任の行革大臣についた。安倍さんは、本気で公務員改革をやるために渡辺さんを担当にしたので、渡辺さんの持ち前の馬力で改革が進んでいくことなった。安倍さんの時にやったのが、天下りの斡旋禁止や能力主義の導入などを入れた国家公務員法の改正で、2007年の7月に成立した。これがいわば改革の第1段ロケットです。

 その後、その年の9月に自民党が参議院に負けて安倍さんが退陣し、公務員制度改革は渡辺さんが担当したまま、福田政権でやるようになった。そのときにやったのが、国家公務員制度改革基本法。最初の天下り斡旋の禁止だけだと不十分だったから、改革の全体をパッケージにしたものだった。これが、第2段目のロケットです。

 これもすったもんだしたのだけれども、民主党も協力してくれて2008年の6月6日に成立した。ただ、この法律はプログラム法というもので、いついつまでにこういう改革をやるという目標を掲げたものです。だから、それを実行するために、7月に内閣に「国家公務員制度改革推進本部」が設置された。実際には、実務をつかさどる事務局が重要になる。

 2008年3月には、私も公務員をやめていたので、誰がこういう改革ができるかというと、古賀さんというので、渡辺大臣の肝いりで古賀さんが事務局の審議官に選ばれたということだったのですね。