ただ、「病の陰に隠れない」というだけなら、なにもブログで闘病の様子を綴ったり、ある意味で痛々しい姿をさらけ出したりする必要はない。しかし彼女はそれをやった。それが彼女のアナウンサーという表現者としての矜持だったからだろう。そんな彼女は、死の直前となる6月9日の投稿ではこのようなことを書いている。

*以下、小林麻央オフィシャルブログ「KOKORO.」2017-06-09より引用


私は、舵をとられて、
その後隠れて隠れて真っ暗になったので、

新しく舵を 取り返しました。
それが、ブログでした。

今の私の道を作ってくれたブログです。

この舵取り事件(笑)は、
私の人生において、大きな出来事です。

皆さまとつながり、
本当に励まされていました。いつも。

ありがとうございます。

私も、、、陰ながら、
皆さまのコメントを拝読し、
祈ったり、応援したり、共感したり
させて頂いてきました。

届いていますか??


 この「届いていますか??」のたった一行に、彼女の表現者としての思いのすべてが込められていると感じる。表現は届かなければ意味がない。そのことを強く自分に戒めて生きてきた人なのだろうなと感じさせる一行だ。僕は、彼女の死以上に、この一行に込めた思いに泣いた。

 では、小林麻央さんが伝えたかったことはなにか。彼女のブログには、同じように病と闘う人たちを中心に多くの人たちが「勇気をもらった」と言う。それは確かだろう。しかし、彼女がブログで伝えたかったことの「核」の部分は、やはり長男の勸玄くんに向けてのものではないかと思う。もちろん一人の母親としては、長女・麗禾ちゃんにも、長男・勸玄くんにも変わらぬ愛情を注いでいたことは間違いない。しかし同時に、彼女は市川宗家の嫁でもある。歌舞伎の伝統を背負う市川宗家の跡取りとして生まれた勸玄くんに対しては、一人の母親としての愛情とはまた別の意味の、愛情と期待があったことは容易に想像がつく。市川宗家の嫁としての長男に対する思いとは、一つしかない。「父親を超える立派な役者に育ってほしい」という願いだ。

 一人の母親として、残される子どもたちに思いを伝えるだけなら、なにもブログという形をとる必要はない。しかし数多くの人々の前に自分をさらけ出すブログという方法をとったことは、歌舞伎役者になることを運命づけられた長男に対しては、大きな意味を持つ。ただし勸玄くんはまだ4歳。その意味を理解するには早すぎる。ただ、これから成長して大人になったとき、アナウンサーであった自分の母親がなぜブログを書いていたのか。そこでなにを書き、なにを伝えていたのか。そのことの「意味」を考えることが、勸玄くんの役者としての成長の大きな糧になることは間違いない。そこまで考えてのブログだったのではないか、と僕は思う。