フィールズ氏の後任は、フォードの子会社、フォード・スマート・モビリティの運営責任者だったジム・ハケット氏に決まった。フィールズ氏は56歳、ハケット氏は62歳であり、フォードCEOの年齢は6歳も上がった。ハケット氏がフォード取締役会のメンバーになったのは13年であり、わずか4年でのCEO抜擢(ばってき)である。また、ハケット氏の就任に合わせて、欧州フォードの責任者だったジム・ファーレイ氏が新組織、グローバル・マーケット・オペレーションの責任者に就いた。

自動車分野の経験がない
ハケット氏の手腕やいかに?

 当のハケット氏は、自動車分野の経験がない。最も有名な業績は、老舗家具メーカー、スティールケース社の立て直しである。1万2000人という大量リストラを実施し、同時にアップルと関係の深かったコンサルティング会社に出資した。そして、シリコンバレーの企業にオフィス環境の提案とオフィス家具を提供する会社へと脱皮を図った。この実績を買われてフォードの取締役会に誘われたのである。

 フォードに合流してからのハケット氏は、シリコンバレー企業とのパイプを生かして自動運転やコネクテッド(クルマとインターネットの接続で実現する情報化)の分野を担当するフォード・スマート・モビリティの戦力を充実させ、将来のクルマに必要な技術の選択、その技術情報の収集、実際の技術開発を行う企業へと発展させた。

 フォード取締役会がハケット氏のCEO就任を推した最大の理由は、こうしたシリコンバレー関連の人脈と、豊かな発想力が評価されたからだろうといわれている。

 かつて、ビル・フォード会長はジャック・ナッサーCEOを解任(01年)した。ヤフーとの提携など「クルマよりもネット事業が好き」とメディアに揶揄(やゆ)されたナッサーCEOは、フォードの新車開発体制を弱体化させたといわれる。そのためフォードは、急遽、マツダ6(日本名アテンザ)のプラットホームを流用(フュージョンなど)したのだった。その後、ビル・フォード氏はボーイングの経営を立て直したアラン・ムラーリ会長をCEOに迎えた。マーク・フィールズ氏はムラーリCEOの後任だった。はたして今回の抜擢は、どのような結果を生むだろうか。

(報告/牧野茂雄、まとめ/CAR and DRIVER編集部)